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「梅林小歌」『寒柝』

   -相模野乙女に代りてうたへる

 

いくさはみなみにすすみ
西東一萬海里
天つ日の光ひた射す
海原にくがに小島に
日のみ旗なびかひゆかず
しのびつつ初夏の野に
ほととぎす啼きわたる日に
あまさかるひなの乙女が
うたうたひいく日か摘める
これはこれ梅のまろ實ぞ

 

しろたへの富士の高嶺を
まなかひにふりさけあふぐ
畑なかに香もかぐはしく
花さける梅が枝のうめ
靑き實のつぶらつぶらを
家々にとりあつめたる
ひろ庭にむしろしき干し
紫蘇の葉の色にも香にも
けざやかにめでたく染めし
これはこれ里のはまれぞ

 

いざさせますらをのとも
路もなきジャングルをわけ
鰐のすむ水をわたりて
鐵兜しのびの緒さへ
ときたまふいとまはあらぬ
追擊のいくさのなかば
佩刀はかせははかせたるまま
火銃ほづつ さへ膝によこたへ
束の間の晝餉ひるげしたまふ
芭蕉葉のすずしきかげに

 

ふるさとの野ぺのものこそ
かかる時あななつかしと
あるはまた爆擊行の
任はててかへるさの空  スコールのすぎゆくあとを
編隊の翼かろらに
全機無事基地にむかはす
靑空に食させてよかし
けふの日のいくさの手柄  かたりつつ武運めでたく

 

はたはま千尋ちひろの海を
かづきゆく幾萬海里
高波も颶風はやちもものか
あたの海ふかくしぬびて
一擊の機をまたすらん
あなたふと潛水艦に
乘組ますますらをのとも
たまゆらのいこふまもなき
ところせき機関のひまに
食させてよしずづくり

 

さねさし
さがみの野ぺの乙女子が
赤きこころにそめし梅の實

 

 

三好達治「梅林小歌」『寒柝』(S18.12刊)