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「陽春三月の天」『捷報いたる』

陽春三月の天
うらうらとして微風わたる
柳絛綠りうでうみどり をひるがへし
輕塵けいじん あがり
土筆たけ
鶺鴒なく
古城のほとり櫻花まさに綻びんとして
枝頭にくれなゐ ほの見ゆる
並木のかげの古椅子に
陽照りかげり
人影はなほしげからず
われここに來て感懷もまたそぞろなるかな
かの陰鬱の日は遠く去り
かの惡しき曆日れきじつ は今悉く破り棄てられ
不倫の徒百たびかしこに戰ひて旣に百たび敗れたり
我ら百の白旗をかしこに樹てしめ
我ら百の城塞を攻め取り奪ひ落して
かしこに日章旗列日のもとに高く翩翩たるを見る
ああ我ら勝てり
懸軍幾千萬粁
ああ我らかく勝ちがたきに悉く捷てり
我ら勝てり 而して我ら
戰ひ勝つ者の そは我らの敵の四散し亡ぶる者にまさりて
如何に一層悲痛さるかを
そは如何に一層眞實に犧牲に耐へたるかを
ああげに耐へがたき一切の流血に切齒して耐へ忍びたるかを
一億の心ごころに識る――
陽春三月の天
うらうらとして微風わたり
櫻花まさに花ひらかんとして
暢和の氣四方に滿つ
古城のほとり
われここに來りて白雲の高く飛ぶを見る
感懷もげにそぞろなるかな――

 

 

三好達治「陽春三月の天」『捷報いたる』(S17.7刊)