三好達治bot(全文)

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「羈旅十歳」『羈旅十歳』

湖(うみ)の上へに朝ぎりたちて
いづこかに雉子(きぎす)しばなく

 

みづちかきしもとの丘は
うら枯れしままに霞めり

 

われ十歲旅をさまよひ
かかる日の春にまたあふ

 

そはたえて消息をだに
知りがたきをちかたびとの

 

おんかげを山川の辺へに
たづねつつ経へたる國々

 

うたかたのうたはなかなか
消もはてぬかかるうつつの

 

夢ならぬゆめのさかひは
漂泊(へうはく)のあひだにつきぬ

 

明けの鐘
暮れがたの鐘

 

野に山にあるは小島に
くさ枕まくらころもかたしき

 

もとよりもことわりならぬ
かりぶしのあいなだのめも

 

すがの根のながきとしつ
經てのちはおしなべて空(くう)

 

かくまでもふかきこころを
あはれよとさとりて老い

 

しかすがにいまは老いたり
いつまでか夢をたのめや

 

かくてまたわれ旅にいづ
このこころ秋ふかくして

 

ひもすがら澗泉(かんせん)のこゑ
たえやらず木葉(もくえう)とぶに

 

まのあたり春は霞みて
いづこかに雉子しばなく

 

 

三好達治「覊旅十歲」『覊旅十歲』(S17.6刊)