「灰色の鴎」『一点鐘』
彼らいづこより來しやを知らず
彼らまたいづこへ去るやを知らない
かの灰色の鷗らも
我らと異る仲間ではない
いま五月の空はかくも靑く
いま日まわりの花は高く垣根に咲きいでた
東してここに來る船あり
西して遠く去る船あり
いとけなき息子は沙上にはかなき城を築き
父はこなたの陽炎に坐してものを思へり
漁撈の網はとほく干され
貨物列車は岬の鼻をめぐり走れり
ああ五月の空はかくも靑く
はた海は空よりもさらに靑くたたへたり
しかしてああ いぢらしきこれら生あるものの上に
かの海風は 鰯雲は高く來るかな……
しかしてああ げにわれらの運命も
かの高きより來るかな……
されば彼ら 日もすがらかしこに彼らの圓を描き
されば彼ら 日もすがら彼らの謎を美しくせんとす
彼らいづこより來しやを知らず
彼らまたいづこへ去るやを知らない
かの灰色の鷗らも
我らと異る仲間ではない
三好達治「灰色の鷗」『一點鐘』(S16.10刊)