「いつしかにひさしわが旅」『一点鐘』
たまくしげ凾根の山の
こなたなる足柄の山
をさなき日うたにうたひし
その山のふもとの
ゆくりなくわが來たり臥ふす
春の日をいく
朝な
けたたまし谷をとよもし
はたたくや
木もれ陽のうち
つと見ればつまを
澤ひとつわたりてあとは
またそこの欅のうれに
ありなしの風の聲のみ
わが旅のひさしきをあな
いつの日かわすれてゐしよ
ひそかなるかかるおそれに
かへり見るをちのしじまゆ
驛遞の車のこゑす
驛遞の車のこゑす
あはれやな みじかかる命とは知れ
いつしかにひさしわが旅
三好達治「いつしかにひさしわが旅」『一點鐘』(S16.10刊)