「廃園」『艸千里』
春夏過ぎて
秋はきぬ
わがこころの園生に
蟲啼けり
あはれなる蟲は啼けり
木にも草にも
荒れ蕪れて また荒れ蕪れし
あかつきの わがこころの園生に
おん墓あり
その日より ここにとこしへにおん墓あり
君知りたまふや
愚かなるわがためには そは二つなき思出の奧津城なり
海山越えて
遠き日はいゆきさかりぬ
ゆきゆきていよいよはるけく
ものなべてかへらぬ旅びと
時ふれば金石もやがて泯びん
ましてこのはかなかる君がおん墓
幻のなにたのむべき
愚かなる奧津城もりは
かくみづからにつぶやきかたり
時雨ふるこの曉を
船出する人のごとくに
夢みつつ ものおもひつつ
心さへとみにおとろへ
翁めくここちするかな
三好達治「廢園」『艸千里』(S14.7刊)