三好達治bot(全文)

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「煙子霞子」『霾』

壁には新らしい繪を揭げ
甕には新らしい花を挿し
窗には新らしい鳥籠を吊るした
これでいい さあこれでいいではないか
今日一日私はここにおちつかう
今日一日?
ここはお前の住居ではないか
私の心よ
お前の棲り木を愛するがいい
お前の小鳥と同じやうに そこでお前も歌ふがいい――

 

さうして日が暮れる
松の林のむかうの尾根にしばらく夕燒が殘つてゐる
明るい廊下がしかし間もなく暗くなる
靜かな夕暮れ
波の音が追々近く高くなる

 

煙子霞子 二人の豎子こびと
――こんな時 どこかの谿間で
私のために笙を吹く 角を吹く
兎のやうに とんぼがへりをして踊る
私にはそれが解る
そらまた手を拍つ 足を踏む

 

行雲流水 い往きとどまるものはなし
わがよたれそつねならむ……
それなら私はどこへ行くにも及ぶまい
ここにかうしてゐるとしよう
ここにかうしてゐるとしよう
とまれ
今日一日は

 

 

三好達治「煙子霞子」『霾』(S14.4刊『春の岬: 詩集』所収)