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「冬の日」『一點鐘』

   ――慶州佛國寺畔にて

ああ智慧は かかる靜かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絕えた境に
山林に
たとへばかかる精舍の庭に
前觸れもなくそれが汝の前に來て
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「靜かな眼 平和な心 その外ほかに何の寶が世にあらう」

秋は來り 秋は更ふけ その秋は已にかなたに步み去る
昨日はいち日激しい風が吹きすさんでゐた
それは今日この新らしい冬のはじまる一日だつた
さうして日が昏れ 夜半に及んでからも 私の心は落ちつかなかつた
短い夢がいく度か斷れ いく度かまたはじまつた
孤獨な旅の空にゐて かかる客舎の夜半にも
私はつまらぬことを考へ つまらぬことに懊んでいた

さうして今朝はなんという靜かな朝だらう
樹木はすつかり裸になつて
鵲の巣の二つ三つそこの梢にあらはれた
ものの影はあきらかに 頭上の空は晴れきつて
それらの間に遠い山脈の波うつて見える
紫霞門の風雨に曝された圓柱(まるばしら)には
それこそはまさしく冬のもの この朝の黃ばんだ陽ざし
裾の方はけぢめもなく靉靆として霞に消えた それら遙かな巓(いただき)の靑い山山は
その清明な さうしてつひにはその模糊とした奧ゆきで
空間(スペース)といふ 一曲の悠久の樂を奏しながら
いま地上の現(うつつ)を 虛空の夢幻に橋わたしてゐる

 

その軒端に雀の群れの喧いでいる泛影樓の甍のうへ

さらに彼方疎林の梢に見え隱れして
そのまた先のささやかな聚落の藁家の空にまで
それら高からぬまた低からぬ山々は
どこまでも遠くはてしなく
靜寂をもつて相應へ 寂寞をもつて相呼びながら連つてゐる
そのこの朝の 何といふ蕭條とした
これは平和な 靜謐な眺望だろう

さうして私はいまこの精舎の中心 大雄殿の緣側に
七彩の垂木の下に蹲まり
くだらない昨夜の夢の蟻地獄からみじめに疲れて歸つてきた
私の心を掌にとるように眺めてゐる
誰にも告げるかぎりでない私の心を眺めてゐる
――眺めてゐる

今は空しいそこここの礎石のまはりに咲き出でた黃菊の花を
かの石燈の灯袋(ひぶくろ)にもありなしのほのかな陽炎のもえているのを


ああ智慧は かかる靜かな冬の日に
それはふと思いがけない時に來る
人影の絕えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前觸れもなくそれが汝の前にきて
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「靜かな眼 平和な心 そのほかに何の寶が世にあらう」

 

「冬の日」『一點鐘』全文