三好達治bot(全文)

twitterで運転中の三好達治bot補完用ブログです。bot及びブログについては「三好達治botについて」をご覧ください

「鶏林口誦」『一点鐘』

たくぶすま新羅の王の陵(みささぎ)に
秋の日はいまうららかなり

 

いづこにか鷄(とり)の聲はるかに聞こえ
かなたなる農家に衣(きぬ)を擣つ音す

 

路とほくこし旅びとは
ここに憩はん 芝艸はなほ綠なり

 

綿の畑の綿の花
小徑の奧に啼くいとど

松の梢をわたる風
艸をなびけてゆく小川

うつらうつらと觀相の眼をしとづれば
つぎつぎに起りて消ゆるもののこゑ

ひそまりつくすと時しやも 蒼天ふかく
はたゆるやかに蜂ひとつ舞ひこそくだれ

日のおもて 石獅(せきし)は土にうづまりて
禮(いや)をするとや石人(せきじん)は身をこごめたり

ああいつの日かゆけるものここにかへらん
王も 妃(きさき)も 群衆(ぐんじゆう)も はた八衢も 高殿も

 

夢より輕きし羅(うす)ものをかづきて舞へる歌妓(うたひめ)の
幻かこははだら雲 林のうれを飛びゆきて

 

つゆ霜にわれのへてこし艸の路
王の宮居のあとどころ かへり見すれば

 

うなじのべ尾を垂りてたつ 巨き牛
透影(すいかげ)にしてたたずめる

 

靑空や
土壘の丘や

 

まことやな 亡びしものは
ことごとく土にひそみて

 

艸の穗に
秋の風ふく

 

 

 

三好達治「鷄林口誦」『一點鐘』(S16.10刊)