三好達治bot(全文)

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「おんたまを故山に迎ふ」『艸千里』

ふたつなき祖國のためと
ふたつなき命のみかは
妻も子もうからもすてて
いでまししかの兵つはものは つゆほども
かへる日をたのみたまはでありけらし
はるばると海山こえて
げに
還る日もなくいでましし
かのつはものは

 

この日あきのかぜ蕭々と黝みふく
ふるさとの海べのまちに
おんたまのかへりたまふを
よるふけてむかへまつると
ともしびの黃なるたづさへ
まちびとら しぐれふる闇のさなかに
まつほどし 潮騷のこゑとほどほに
雲はやく
月もまたひとすぢにとびさるかたゆ 瑟々と樂の音きこゆ

 

旅びとのたびのひと日を
ゆくりなく
われもまたひとにまじらひ
うばたまのいま夜のうち
樂の音はたえなんとして
しぬびかにうたひつぎつつ
すずろかにちかづくものの
莊嚴のきはみのまへに
こころたへ
つつしみて
うなじうなだれ

 

國のしづめと今はなきひともうなゐの
遠き日はこの樹のかげに 鬨つくり
讐うつといさみたまひて
いくさあそびもしたまひけむ
おい松が根に
つらつらとものをこそおもへ

 

月また雲のたえまを驅け
さとおつる影のはだらに
ひるがへるしろきおん旌
われらがうたの ほめうたのいざなくもがな
ひとひらのものいはぬぬの
いみじくも ふるさとの夜かぜにをどる
うへなきまひのてぶりかな

 

かへらじといでましし日の
ちかひもせめもはたされて
なにをかあます
のこりなく身はなげうちて
おん骨はかへりたまひぬ

 

ふたつなき祖國のためと
ふたつなき命のみかは
妻も子もうからもすてて
いでまししかのつはものの
しるしばかりの おん骨はかへりたまひぬ

 

 

三好達治「おんたまを故山に迎ふ」『艸千里』(S14.7刊)