三好達治bot(全文)

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「庭」『測量船』

 夕暮とともにどこから來たのか一人の若い男が、木立に隱れて池の中へ空氣銃を射つてゐた。水を切る散彈の音が築山のかげで本を讀んでゐる私に聞えてきた。波紋の中に白い花菖蒲あやめが咲いてゐた。

 

 築地の裾を、めあてのない遑だしさで急いでくる蝦蟇の群。その腹は山梔くちなしの花のやうに白く、細い疵が斜めに貫いたまま、なほ水搔で一つが一つの背なかを捉へてゐる。そのあとに冷めたいものを流して、たとへばあの遠い星へまでもと、惡夢のやうに重たいものを踏んでくる蝦蟇の群。

 

 瞳をかへした頁の上に、私は古い指紋を見た。私は本を閉ぢて部屋へ歸つた。その一日が暮れてしまふまで、私の額の中に散彈が水を切り、白い花菖蒲が搖れてゐた。

 

三好達治「庭」『測量船』(S5.12刊)