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三好達治bot(全文)

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「街」『測量船』

 山間の盆地が、その傷ましい、荒蕪な杯盤の上に、祈念の如くに空に擎げてゐる一つの小さな街。夜ごとに音もなく崩れてゆく胸壁によつて、正方形に劃られてゐる一つの小さな街。その四方に楊の並木が、枝深く、すぎ去つた幾世紀の影を與へてゐる。今も明方には、颯颯と野分のやうな羽音を落して、その上を水色の鶴が渡つて行く。晝はこの街の樓門から、鳴き叫ぶ豚の列が走りいで、轉がり、しきりにその瘦せた黑い姿を、灌木と雜草の平野の中に消してしまふ。もしもその時、異樣な哀音の軌るのを遠くに聞くならば、時をへて並木の影に、小さな二輪車が丘のやうな赭牛の項に牽かれて、夏ならば瓜を積み、秋ならば薪を載せ、徐ろに、樓門の方へと步み去るのを見るだらう。木の肌も黑く古びてしまつた樓門の、楯形に空を見透かす格子の中に、今は鳴ることすらも忘れてしまつた小さな鐘が、沈默の昔ながらの威嚴をもつて、ほのかに暗く、穹窿をなした天井に浮んでゐる。崩れるがままに崩れ落ちて行く胸壁の上に、または茂るがままにうら白く茂つてゐる楊の中に、鵲は集り、飛びかひ、白い斑のある長い尾を振り、終日石を敲くやうな叫びをあげてゐる。なほその上にも、たまたま月が上旬の終りに近く、その一抹の半圓を、遠く散在する粟畑玉蜀黍畑の上、骨だつた山脈の上、杳かな晝の一點に傾けてゐるとしたならば、人はみな、荒涼たる風景を浪うち覆ふ、嘗て如何なる文化も手を觸れなかつた寂寥の中に、おのがじしそのよるべなき運命を一瞬にして身に知り歎くであらう。そしてこの胸壁を周らした小さな街は、四圍の寂寥をしてさらに悲しきものとするために、時ありて幾條か、靜かに炊爨の煙を空に炷くのである。
 昔、この街を營むために、彼等の祖先は山脈のどちらの方角を分けてやつて來たのであらうか。この街の出來あがつた日、彼等の敵は再び山脈のどちらの方角を分けてやつてきたのであらうか。そして、この胸壁が如何に激しい戰を隔てて二分したのであらうか。それら總ての歷史は氣にもとめずに忘れられ、人人はひたすらに變りない習慣に從つて、彼等の祖先と同じ形の食器から同じ黃色い食物を攝り、野に同じ種を播き、身に同じ衣をまとひ、頭に同じ髷同じ冠を傳へてゐる。それが彼等の掟てでもあるかの如く、彼等は常に懶惰であり、時を定めず睡眠を貪り、夢の斷えまに立ちあがつては、厚い胸を張り、ごろごろと喉を鳴らして多量の水を飮みほすのである、氣流がはげしく乾燥してゐるために。
 やがて夜が來たとき、滿潮に呑まれる珊瑚礁のやうに、闇黑と沈默の壓力の中に、どんなに暗く、この街は溺れさり沈みさるのであらうか。そしてその中で、どんな形の器にどのやうな燈火がともされるのであらうか。もしくは火の用とてもないのであらうか。私はそれを知らない。今も私は、時として追憶の峠に立つて、遠くにこの街を眺めるのであるが、私の記憶は、いつも、太陽の沈む方へといそいで歸つてしまふのである。

 

三好達治「街」『測量船』(S5.12刊)