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三好達治bot(全文)

bot及びブログについては初めにこちらをご覧ください http://miyosibot.hatenablog.com/entry/2017/03/28/110448

「煙子霞子」『霾』

壁には新らしい繪を揭げ甕には新らしい花を挿し窗には新らしい鳥籠を吊るしたこれでいい さあこれでいいではないか今日一日私はここにおちつかう今日一日?ここはお前の住居ではないか私の心よお前の棲り木を愛するがいいお前の小鳥と同じやうに そこでお前…

「蟬」『艸千里』

蟬といふ滑車がある。井戸の樞の小さなやうなものである。和船の帆柱のてつぺんに、たとへばそれをとりつけて、それによつてするすると帆を捲き上げる時、きりきりと帆網の軋るその軋音を、海上で船人たちは蟬の鳴聲と聞くのである。セミ、何といふ可憐な物…

「冬の日」『一點鐘』

――慶州佛國寺畔にて ああ智慧は かかる靜かな冬の日にそれはふと思ひがけない時に来る人影の絕えた境に山林にたとへばかかる精舍の庭に前觸れもなくそれが汝の前に來てかかる時 ささやく言葉に信をおけ「靜かな眼 平和な心 その外ほかに何の寶が世にあらう」…

「鷄林口誦」『一點鐘』

たくぶすま新羅の王の陵(みささぎ)に秋の日はいまうららかなり いづこにか鷄(とり)の聲はるかに聞こえかなたなる農家に衣(きぬ)を擣つ音す 路とほくこし旅びとはここに憩はん 芝艸はなほ綠なり 綿の畑の綿の花小徑径の奧に啼くいとど 松の梢をわたる風…

「廢馬」『艸千里』

遠く砲聲が轟いてゐる。聲もなく降りつづく雨の中に、遠く微かに、重砲の聲が轟いてゐる。一發また一發、間遠な間隔をおいて、漠然とした方角から、それは十里も向うから聞こえてくる。灰一色の空の下に、それは今朝から、いやそれは昨日からつづいている。…

「おんたまを故山に迎ふ」『艸千里』

ふたつなき祖國のためとふたつなき命のみかは妻も子もうからもすてていでまししかの兵つはものは つゆほどもかへる日をたのみたまはでありけらしはるばると海山こえてげに還る日もなくいでまししかのつはものは この日あきのかぜ蕭々と黝みふくふるさとの海…

「大阿蘇」『霾』

雨の中に馬がたつてゐる一頭二頭仔馬をまじへた馬の群が 雨の中にたつてゐる雨は蕭蕭と降つてゐる馬は草を食べてゐる尻尾も背中も鬣も ぐつしより濡れそぼつて彼らは草をたべてゐる 草をたべてゐる あるものはまた草もたべずに きよとんとしてうなじを垂れて…

「自畫像」『霾』

★ ここに會した 翼ある空のルンペン 僕は無料宿泊所だ 天使がくる 梟がやつてくる 僕らは君らに切符をあげる 君らは眠るがいい 朝の子たち 夜の子たち 君らみな 空腹のハンモツクに搖られて ★ 太陽の下 水の上 煙の頸環を風にくれて 僕は川波を蹴つて進む 僕…

「鴉」『霾』

一日、私は窓外の築地の甍に、索索たる彼の跫音を聽いた。塵に曇つた玻璃窓の眞近に、彼は一羽、さも大事の使者のやうに注意深く、けれども何の臆面もなく降りたつてゐた。さも惶だしげに、けれどもまたさも所在なげに、彼は左右を顧み、わづかに場所を移り…

「蝙蝠と少年」『測量船拾遺』

少年よ、父母がお前を見喪つたのか、または、お前が父母を見喪つたのか――。 靴の踵で古めかしく磨り減らされてゐる、海岸近い居留地の鋪道の上で、私はその夜支那人の一人の少年を拾つた。狭い額につり上つた眉をもち、皮膚に靑い脂肪の沈澱したこの少年は、…

「岬の話」『測量船拾遺』

(敵の艦隊、芭蕉の葉のやうな浪をかきわけ、大きく印度洋を迂廻してゐる。)一人の兵士が一頭の羊を、一頭の羊が一人の兵士を愛した。兵士の群が羊の群を、羊の群が兵士の群を愛した。彼等は日曜日の日向で、華やかにも慇懃に、綠の制服と白い毛並とを入り…

「暗い城のやうな家」『測量船拾遺』

私は暗い城のやうな家の門に立つてほとほとと扉を敲いてゐる。 ――この扉をあけて下さい。私を通して下さい。どうぞそつと私をこの中へ入れて下さい。 すると中からしづかな聲が答へる。 ――お前はそもそも何ものだ? もう今夜の人々はみんな入つてしまつた筈…

「昨日はどこにもありません」『測量船拾遺』

昨日はどこにもありませんあちらの箪笥の抽出しにもこちらの机の抽出しにも昨日はどこにもありません それは昨日の寫真でせうかそこにあなたの立つてゐるそこにあなたの笑つてゐるそれは昨日の寫真でせうか いいえ昨日はありません今日を打つのは今日の時計…

「獅子」『測量船』

彼れ、獅子は見た、快適の午睡の果てに、――彼はそこに洗はれて、深淵の午後に、また月のやうに浮び上つた白磁の皿であつた、――微かに見開いた睫毛の間に、汚臭に滿された認識の裂きがたいこの約束、コンクリートの王坐の上に腕を組む鐵柵のこの空間、彼の楚…

「私と雪と」『測量船』

今日私をして、なほ口笛を吹かせるのは何だらう? 古い魅力がまた私を誘つた。私は靴を穿いて、壁から銃を下ろした。私は栖居を出た。折から雪が、わづかに、眩しくもつれて、はや遅い午後を降り重ねてゐた。犬は、しかし思ひ直してまた鎖にとめた。「私は一…

「アヴェ・マリア」『測量船』

鏡に映る、この新しい夏帽子。林に蟬が啼いてゐる。私は椅子に腰を下ろす。私の靴は新しい。海が私を待つてゐる。 私は汽車に乘るだらう、夜が來たら。 私は山を越えるだらう、夜が明けたら。 私は何を見るだらう。 そして私は、何を思ふだらう。 ほんとに私…

「晝」『測量船』

別離の心は反つて不思議に恋の逢瀨に似て、あわただしくほのかに苦がい。行くものはいそいそとして仮そめの勇気を整へ、とどまる者はせんなく煙草を燻ゆらせる束の間に、ふと何かその身の愚かさを知る。 彼女を乘せた乘合馬車が、風景の遠くの方へ一直線に、…

「鹿」『測量船』

夕暮れ、狩の獲物が峠を下りてくる。獵師が五六人、犬が六七頭。――それらの列の下りてくる背ろの、いつとは知らない間にすつかり色の変つた空路(そらぢ)に、晝まから浮んでゐた白い月。 冬といつても人眼にふれないどこかにちらりほらり椿の花の咲いてゐる…

「燕」『測量船』

「あそこの電線にあれ燕がドレミハソラシドよ」 ——毎日こんなにいいお天氣だけれど、もうそろそろ私たちの出發も近づいた。午後の風は胸に冷めたいし、この頃の日ぐれの早さは、まるで空の遠くから切ない網を撒かれるやうだ。夕暮の林から蜩が、あの鋭い唱歌…

「僕は」『測量船』

さう、さうだ、笛の心は慰まない、如何なる歌の過剩にも、笛の心は慰まない、友よ、この笛を吹くな、この笛はもうならない。僕は、僕はもう疲れてしまつた、僕はもう、僕の歌を歌つてしまつた、この笛を吹くな、この笛はもうならない、——昨日の歌はどこへ行…

「草の上」『測量船』

★ 野原に出て坐つてゐると、私はあなたを待つてゐる。それはさうではないのだが、 たしかな約束でもしたやうに、私はあなたを待つてゐる。それはさうではないのだが、 野原に出て坐つてゐると、私はあなたを待つてゐる。さうして日影は移るのだが―― ★ かなか…

「鳥語」『測量船』

私の窓に吊された白い鸚鵡は、その片脚を古い鎻で繫がれた金環(かなわ)のもうすつかり錆びた圓周を終日嚙りながら、時としてふと、何か氣紛れな遠い方角に空虛なものを感じたやうに、いつもきまつて同じ一つの言葉を叫ぶ。 ——ワタシハヒトヲコロシタノダガ…

「庭」『測量船』

夕暮とともにどこから來たのか一人の若い男が、木立に隱れて池の中へ空氣銃を射つてゐた。水を切る散彈の音が築山のかげで本を讀んでゐる私に聞えてきた。波紋の中に白い花菖蒲(あやめ)が咲いてゐた。 築地の裾を、めあてのない遑だしさで急いでくる蝦蟇の…

「鴉」『測量船』

風の早い曇り空に太陽のありかも解らない日の、人けない一すぢの道の上に私は涯しない野原をさまよふてゐた。風は四方の地平から私を呼び、私の袖を捉へ裾をめぐり、そしてまたその荒まじい叫び聲をどこかへ消してしまふ。その時私はふと枯草の上に捨てられ…

「街」『測量船』

山間の盆地が、その傷ましい、荒蕪な杯盤の上に、祈念の如くに空に擎げてゐる一つの小さな街。夜ごとに音もなく崩れてゆく胸壁によつて、正方形に劃られてゐる一つの小さな街。その四方に楊の並木が、枝深く、すぎ去つた幾世紀の影を與へてゐる。今も明方に…

三好達治botについて

自己紹介 三好達治(1900年8月23日~1964年4月5日)の非公式自動botです。大阪出身の詩人、翻訳家、随筆家。1時間毎に詩を呟きます。 誤字脱字・ご意見・ご要望などがありましたら当アカウント(@miyoshitatsuzhi)にリプライ・DMの形でお伝えください。リク…