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三好達治bot(全文)

twitterで運転中の三好達治bot補完用ブログです。bot及びブログについては「三好達治botについて」をご覧ください

「寒柝」『寒柝』

星冴え山山か黝くたたずみ聚落(じゆらく)寂莫として灯火(ともしび)暗く睡れるに丁鼕(ていとう)とはるかに馨あり風死し水渇れ何ものの應ふるなきに丁鼕と馨はひとり寒天に起り闃(げき)たる彼方を步み來る夜深くして睡らざるもの凛烈たる意志聽けそは…

「靑き海見つ」『寒柝』

ひととせははやくめぐりてきのふけふその花にほふをかのべの梅の林をもとほりつ靑き海見つ靑き海見つ寒き梢に的皪(てきれき)と咲くやこの花はつはつにこのもかのもに蕋(しべ)は黃に天をゆびさし香はかをれほのかなる香のその香よりさらにほのかにひとす…

「起󠄁て佛蘭西!」『寒柝』

世に最賤劣の裏切あり世に最酷薄の忘恩あり世に最鐵面皮の破廉恥あり世に何事か忍びて爲さざるなきの意思あり然り 我らそを太陽の下に見る我らそを今日つぶさに眼前に見たり起て佛蘭西!昨は汝の精銳十萬フランダースの野に竭きし時砲聲を彼方に聞きすて三軍…

「梅林小歌/-相模野乙女に代りてうたへる」『寒柝』

み軍(いくさ)はみなみにすすみ西東一萬海里天つ日の光ひた射す海原に陸(くが)に小島に日のみ旗なびかひゆかずしのびつつ初夏の野にほととぎす啼きわたる日にあまさかるひなの乙女がうたうたひいく日か摘めるこれはこれ梅のまろ實ぞ しろたへの富士の高嶺…

「梅林小歌/-相模野乙女に代りてうたへる」『寒柝』

み軍(いくさ)はみなみにすすみ西東一萬海里天つ日の光ひた射す海原に陸(くが)に小島に日のみ旗なびかひゆかずしのびつつ初夏の野にほととぎす啼きわたる日にあまさかるひなの乙女がうたうたひいく日か摘めるこれはこれ梅のまろ實ぞ しろたへの富士の高嶺…

「われら銃後の少國民」『寒柝』

ああ天高く地は廣き亞細亞の柱日の本の男の子と生れ大君のやがてみ楯と生ひたちてさきもにほはん櫻花われら銃後の少國民 ああ山靑く水淸きわが日の本は住む人のこころも直ぐひとすぢにみ國をおもひ身をすてしいさをを誰か忘るべきわれら銃後の少國民 ああ風…

「日本の子供」『寒柝』

日本の子供日本の子供世界一幸福な日本の子供世界一重い責任と 世界一高い名譽とをになふ日本の子供正義の戰さにうち勝ち 人道の上に明日の世界をうち建てるもの日本日本の子供世界の地平に輝かしい夜明けをもたらすもの世界に永遠の平和と 希望と 繁榮とを…

「賊風料峭」『寒柝』

昨夜(よべ)高かりし海の音今宵またかうかうと怒り高鳴りいねがての枕べのものさゆらぎやまず小夜ふけの三更四更なゐふるひ家居(いえゐ)さへ時にわななくああそは人のこころのふかく忍びて怒りに耐へたるに似たるかな敵機昨帝都に入り羶羯(せんけつ)の…

「師よ 萩原朔太郞」『朝菜集』

幽愁の鬱塊懷疑と厭世との 思索と彷徨とのあなたのあの懷かしい人格はなま溫かい溶岩(ラヴア)のやうな不思議な音樂そのままの不朽の凝晶體――あああの灰色の誰人の手にも捉へるすべのない影ああげに あなたはその影のやうに飄々としていつもうらぶれた淋し…

「桃花李花」『朝菜集』

老松亭々凾嶺蒼々柑子山(かうじやま)こなたにつきて麥畑かなたに遠く工場の白き煙突二つ三つそそり立つあたりの聚落天高く海はか靑し沖つ波はるかのかたにかすめるは大島利島(としま)邉つ浪は浦囘いつぱい弓なりに碎けて白しこれはこれおのれいくとせ住…

「閑雅な午前」『一點鐘』

ごらん まだこの枯木のままの高い欅の梢の方をその梢の細いこまかな小枝の網目の先先にもはやふつくらと季節のいのちは湧きあがつてまるで息をこらして靜かにしてゐる子供達の群れのやうにそのまだ眼にもとまらぬ小さな木の芽の群衆うはお互に肱をつつきあつ…

「南の海」『一點鐘』

ひと日わがゆくりなく故紙のひまより見出でたる一片の幼き文字、南の海と題せり、いづれの年ごろしたためしものとも今はおぼえね、その嘆かひなほ今日の日のわがものにかよひて多く異ならず覺ゆ、あはれわがさがやとて自ら憐れみてこの集の跋に代えんとす―― …

「春宵偶感」『捷報いたる』

月明の櫻の並木行く人稀れに花の香ほのかにして海の音かなたに高し春はかくはなやかにめぐり來れどいま我らの天地は新らしき誕生の前に慘として 蕭々として考へぶかく 愼しみ沈默してあるかなああかく新らしき道德の國は無限に悲痛なる犧牲の後に遲々として…

「陽春三月の天」『捷報いたる』

陽春三月の天うらうらとして微風わたる柳絛綠(りうでうみどり)をひるがへし輕塵(けいぢん)あがり土筆たけ鶺鴒なく古城のほとり櫻花まさに綻びんとして枝頭に紅(くれなゐ)ほの見ゆる並木のかげの古椅子に陽照りかげり人影はなほしげからずわれここに來…

「覊旅十歲」『覊旅十歲』

湖(うみ)の上へに朝ぎりたちていづこかに雉子(きぎす)しばなく みづちかきしもとの丘はうら枯れしままに霞めり われ十歲旅をさまよひかかる日の春にまたあふ そはたえて消息をだに知りがたきをちかたびとの おんかげを山川の辺へにたづねつつ経へたる國…

「落下傘部隊!」『捷報いたる』

落下傘部隊!落下傘部隊!見よこの日忽然として碧落(へきらく)彼らの頭上に破れ神州の精鋭隨處に彼らの陣頭に下る落下傘部隊!落下傘部隊!こはこれ大東亞聖理想圈の尖兵十百千萬爆彈と銃劒と旺んなる喊聲とをもて見よ今白雲の間に雨ふり下るはこはこれ大…

「ジョンブル家老差配ウインストン・チャーチル氏への私言」『捷報いたる』

このたびはシンガポール失陷さぞかし御落膽御痛心のこととお氣の毒に存候先日のレパルスウェルズ二艦も存外の沈歿にてまた香港などもあのやうなる御始末これらを時世(ときよ)とも申すものにや日頃の御細心にも似合はぬ算盤ちがひわづかのひまにうちつづく…

「新嘉坡落つ」『捷報いたる』

一たびかしこに仆れしユニオン・ジャック二たびここに仆れたり一たびかしこに揚げられし白旗二たびここに揚げらる香港落ち新嘉坡落つ神州の貔貅神速老醜賊を追い擊ちて 北より南し千里の密林を一掃して 堅壘日に落つああ而して昨の奸黠どもが相稱へて萬世不…

「昨夜香港落つ」『捷報いたる』

昨夜香港落つ主基督降誕祭日黃昏かしこビクトリア・ピーク山寨上に翩翩と彼らの白旗はひるがへれり!もと彼らの漂海の賤賈東亞一百歲の蠹賊魔󠄁藥阿片の押賣行商どもがあまつさへ强請(ゆす)り取り騙(かた)り取りたる香港――かしこ香港島上に東海の猛鷲飛び…

「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」『捷報いたる』

ああその恫喝ああその示威ああその經濟封鎖ああそのABCD線笑ふべし 脂肪過多デモクラシー大統領が飴よりもなお甘かりけん 昨夜(さくや)の魂膽のことごとくはアメリカ太平洋艦隊は全滅せり!荒天萬里の外激浪天を拍つの間に馳驅すべかりしああその凡庸…

「捷報臻る」『捷報いたる』

捷報いたる捷報いたる冬まだき空玲瓏とかげりなき大和島根に捷報いたる眞珠灣頭に米艦くつがへり馬來沖合に英艦覆滅せり東亞百歲の賊ああ紅毛碧眼の賤商ら何ぞ汝らの物慾と恫喝との逞しくして何ぞ汝らの艨艟の他愛もなく脆弱なるや而して明日香港落ち而して…

「灰色の鷗」『一點鐘』

彼らいづこより來しやを知らず彼らまたいづこへ去るやを知らない かの灰色の鷗らも我らと異る仲間ではない いま五月の空はかくも靑くいま日まわりの花は高く垣根に咲きいでた 東してここに來る船あり 西して遠く去る船あり いとけなき息子は沙上にはかなき城…

「毀れた窓」『一點鐘』

廢屋のこはれた窓から五月の海が見えてゐる 硝子のない硝子戸越しにそいつが素的なまつ晝間だ 波は一日ながれてゐるその額緣にポンポン船がやつてくる 灰色の鷗もそこに集つて何かしばらく解けない謎を解いてゐる ぽつかり一つそんな時鯨がそこに浮いたつて…

「毀れた窓」『一點鐘』

廢屋のこはれた窓から五月の海が見えてゐる 硝子のない硝子戸越しにそいつが素的なまつ晝間だ 波は一日ながれてゐるその額緣にポンポン船がやつてくる 灰色の鷗もそこに集つて何かしばらく解けない謎を解いてゐる ぽつかり一つそんな時鯨がそこに浮いたつて…

「いつしかにひさしわが旅」『一點鐘』

たまくしげ凾根の山のこなたなる足柄の山 をさなき日うたにうたひしその山のふもとの出湯(でゆ)に ゆくりなくわが來たり臥ふす春の日をいく日(ひ)へにけむ 朝な朝(さ)ななくきぎすはもけたたまし谷をとよもし はたたくや木もれ陽のうち つと見ればつま…

「鷗どり」『一點鐘』

ああかの烈風のふきすさぶ砂丘の空にとぶ鷗沖べをわたる船もないさみしい浦のこの砂濱にとぶ鷗(かつて私も彼らのやうなものであつた) かぐろい波の起き伏しするああこのさみしい國のはて… …季節にはやい烈風にもまれもまれて何をもとめてとぶ鷗(かつて私…

「一點鐘二點鐘」『一點鐘』

靜かだつた靜かな夜だつた時折りにはかに風が吹いたその風は そのまま遠くへ吹きすぎた一二瞬の後 いつそう靜かになつたさうして夜が更けたそんな小さな旋じ風も その後谿間を走らない…… 一時が鳴つた二時が鳴つた一世紀の半ばを生きた 顏の黄ばんだ老人の …

「かつてわが悲しみは」『艸千里拾遺』

かつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへりかつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへり 五月またみどりはふかく 見よかなたに白き鳥のとぶあり おのが身ははやく老いしかこの日また何にいそぐや あてどなき旅のひと日の夕暮れの汽車のまどべに かの丘に…

「かつてわが悲しみは」『艸千里拾遺』

かつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへりかつてわが悲しみは かの丘のほとりにいこへり 五月またみどりはふかく 見よかなたに白き鳥のとぶあり おのが身ははやく老いしかこの日また何にいそぐや あてどなき旅のひと日の夕暮れの汽車のまどべに かの丘に…

「老いらくの身をはるばると」『艸千里拾遺』

老いらくの身をはるばるとこのあしたわがふるさとゆははそはの母はきたまふ おんくるまうまやにつかせたまふにはいとまありけりわれひとりなぎさにいでて 冬の日のほのかほのかにあたたかき濱のおほなみひるがへる見つつたのしも 眞鶴の崎の巌が根大島のはる…

「日まわり」『艸千里拾遺』

橋の袂の日まわり床屋の裏の日まわり水車小屋の日まわり交番の陰の日まわり頽れた築地の上に聳えた路ばたの墓地の日まわり丘の上の洒落た一つ家そのまた上の 女學校の 寄宿舎の庭の日まわりああ日まわり日まわりそれは旺んな季節の洪水七月 この海邊の町を不…

「海よ」『艸千里拾遺』

門を閉ぢよ 心を開け……それで私は 表を閉めて裏の垣根を越えてきた蜜柑畠の間を拔けて海よ お前の渚にかうして私は一人できたああ陽炎のもえる初夏の小徑眩(めくる)めく砂の上で海よ 私は何を考えよう 思出のやうにうすぐもつて藍鼠色(あゐねずいろ)にぼ…

「汝の薪をはこべ」『艸千里』

春逝き夏去り今は秋 その秋のはやく半ばを過ぎたるかな耳かたむけよ耳かたむけよ近づくものの聲はあり 窓に帳帷(とばり)はとざすとも訪おとなふ客の聲はあり落葉の上を歩みくる冬の跫音 薪(まき)をはこべああ汝汝の薪をはこべ 今は秋 その秋の一日(ひと…

「廢園」『艸千里』

春夏過ぎて秋はきぬわがこころの園生に蟲啼けりあはれなる蟲は啼けり木にも草にも荒れ蕪れて また荒れ蕪れしあかつきの わがこころの園生におん墓ありその日より ここにとこしへにおん墓あり君知りたまふや愚かなるわがためには そは二つなき思出の奧津城な…

「紅梅一輪」『艸千里』

なつかしき南の海……なつかしきは伊豆の國かな二日三日 わがのがれきてひとり愁ひを養へる宿のうしろのきりぎしのほのぐらき雜木まじりにひともとたてるやぶ椿いま木洩れ陽のかげうごくふとしも見ればここだくの花は古りたる もも枝のそのひと枝ゆこの朝(あ…

「涙」『艸千里』

とある朝(あした) 一つの花の花心から昨夜(ゆうべ)の雨がこぼれるほど 小さきもの小さきものよ お前の眼から お前の睫毛の間からこの朝(あした) お前の小さな悲しみから 父の手にこぼれて落ちる 今この父の手の上に しばしの間 温かいああこれは これ…

「煙子霞子」『霾』

壁には新らしい繪を揭げ甕には新らしい花を挿し窗には新らしい鳥籠を吊るしたこれでいい さあこれでいいではないか今日一日私はここにおちつかう今日一日?ここはお前の住居ではないか私の心よお前の棲り木を愛するがいいお前の小鳥と同じやうに そこでお前…

「蟬」『艸千里』

蟬といふ滑車がある。井戸の樞の小さなやうなものである。和船の帆柱のてつぺんに、たとへばそれをとりつけて、それによつてするすると帆を捲き上げる時、きりきりと帆網の軋るその軋音を、海上で船人たちは蟬の鳴聲と聞くのである。セミ、何といふ可憐な物…

「冬の日」『一點鐘』

――慶州佛國寺畔にて ああ智慧は かかる靜かな冬の日にそれはふと思ひがけない時に来る人影の絕えた境に山林にたとへばかかる精舍の庭に前觸れもなくそれが汝の前に來てかかる時 ささやく言葉に信をおけ「靜かな眼 平和な心 その外ほかに何の寶が世にあらう」…

「鷄林口誦」『一點鐘』

たくぶすま新羅の王の陵(みささぎ)に秋の日はいまうららかなり いづこにか鷄(とり)の聲はるかに聞こえかなたなる農家に衣(きぬ)を擣つ音す 路とほくこし旅びとはここに憩はん 芝艸はなほ綠なり 綿の畑の綿の花小徑径の奧に啼くいとど 松の梢をわたる風…

「廢馬」『艸千里』

遠く砲聲が轟いてゐる。聲もなく降りつづく雨の中に、遠く微かに、重砲の聲が轟いてゐる。一發また一發、間遠な間隔をおいて、漠然とした方角から、それは十里も向うから聞こえてくる。灰一色の空の下に、それは今朝から、いやそれは昨日からつづいている。…

「おんたまを故山に迎ふ」『艸千里』

ふたつなき祖國のためとふたつなき命のみかは妻も子もうからもすてていでまししかの兵つはものは つゆほどもかへる日をたのみたまはでありけらしはるばると海山こえてげに還る日もなくいでまししかのつはものは この日あきのかぜ蕭々と黝みふくふるさとの海…

「大阿蘇」『霾』

雨の中に馬がたつてゐる一頭二頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる雨は蕭蕭と降つてゐる馬は草を食べてゐる尻尾も背中も鬣も ぐつしより濡れそぼつて彼らは草をたべてゐる 草をたべてゐる あるものはまた草もたべずに きよとんとしてうなじを垂れ…

「自畫像」『霾』

★ ここに會した 翼ある空のルンペン 僕は無料宿泊所だ 天使がくる 梟がやつてくる 僕らは君らに切符をあげる 君らは眠るがいい 朝の子たち 夜の子たち 君らみな 空腹のハンモツクに搖られて ★ 太陽の下 水の上 煙の頸環を風にくれて 僕は川波を蹴つて進む 僕…

「鴉」『霾』

一日、私は窓外の築地の甍に、索索たる彼の跫音を聽いた。塵に曇つた玻璃窓の眞近に、彼は一羽、さも大事の使者のやうに注意深く、けれども何の臆面もなく降りたつてゐた。さも惶だしげに、けれどもまたさも所在なげに、彼は左右を顧み、わづかに場所を移り…

「蝙蝠と少年」『測量船拾遺』

丸山清に 少年よ、父母がお前を見喪つたのか、または、お前が父母を見喪つたのか――。 靴の踵で古めかしく磨り減らされてゐる、海岸近い居留地の鋪道の上で、私はその夜支那人の一人の少年を拾つた。狹い額につり上つた眉をもち、皮膚に靑い脂肪の沈澱したこ…

「岬の話」『測量船拾遺』

(敵の艦隊、芭蕉の葉のやうな浪をかきわけ、大きく印度洋を迂廻してゐる。) 一人の兵士が一頭の羊を、一頭の羊が一人の兵士を愛した。兵士の群が羊の群を、羊の群が兵士の群を愛した。彼等は日曜日の日向で、華やかにも慇懃に、綠の制服と白い毛並とを入り…

「暗い城のやうな家」『測量船拾遺』

私は暗い城のやうな家の門に立つてほとほとと扉を敲いてゐる。 ――この扉をあけて下さい。私を通して下さい。どうぞそつと私をこの中へ入れて下さい。 すると中からしづかな聲が答へる。 ――お前はそもそも何ものだ? もう今夜の人々はみんな入つてしまつた筈…

「昨日はどこにもありません」『測量船拾遺』

昨日はどこにもありませんあちらの箪笥の抽出しにもこちらの机の抽出しにも昨日はどこにもありません それは昨日の寫真でせうかそこにあなたの立つてゐるそこにあなたの笑つてゐるそれは昨日の寫真でせうか いいえ昨日はありません今日を打つのは今日の時計…

「獅子」『測量船』

彼れ、獅子は見た、快適の午睡の果てに、――彼はそこに洗はれて、深淵の午後に、また月のやうに浮び上つた白磁の皿であつた、――微かに見開いた睫毛の間に、汚臭に滿された認識の裂きがたいこの約束、コンクリートの王座の上に腕を組む鐵柵のこの空間、彼の楚…