三好達治bot(全文)

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「落ち葉つきて」『百たびののち』

落葉つきて 梢こずゑを透く陽ざし冬の夕陽をしなやかにゆりあげる彼らの仲間みなひと方にかたなびく欅の梢ここの並木の瘤こぶの老樹の肩 胸 腰腰かけほどにくねり上つたその根かたさけてよじれて傾いた變な窓からこの變てこなうつろからさへやつてくるついに…

「はるかな國から」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

——詩集「二十億光年の孤獨」序―— この若者は意󠄁外に遠󠄁くからやってきたしてその遠󠄁いどこやらから彼は昨日發つてきた十年よりさらにながい一日を彼は旅してきた千里の靴󠄁を借りもせず彼の踵で踏んできた路のりを何ではからうまたその曆を何ではからうけれど…

「西へ西へ」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

西へ西へ 西へなほ遠く夕燒けの彼方へさうしておれの空想は乞食のやうにうらぶれてある日の日暮れ東の國から歸つてきた 北へ北へ 北へなほ遠くかの極北へさうしてある日おれの思想は日にやけて腹をへらして南から乞食のやうによろめいて戾つてきたここらがお…

「こんな陽氣に」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

こんな陽氣にジャケツを着て牡丹の奧から上機嫌で百合の底から醉つ拂つてづんぐりむつくり 花粉にまみれてまるで幸福が重荷のやうにころげでる蜜蜂 世界一列春だからなんと君らが誇りかに光りにむかつて飛ぶことだ空しい過去の窖(あなぐら)から心には痛み…

「朝だから」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

朝だから鷄が鳴く燒野ヶ原のここかしこじやがいも畑や麥畑穗麥のみだれたむかふから人の住む窓も見えない遠くから 丘の上から 窪地からまだうす暗い煙突が 倒れかかつて驅け出しさうな草の上夜ののこりの影の上夜をひと夜蝶のまねした月見草もうおやすみこの…

「その時」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

ゆくがいい。人生はマラソンだ。あの遠い地平線まで、そら、驅けだしたまへ。諸君は出發點に勢ぞろひして、合圖の拳銃をまつてゐる。朝はまだ早い。春の野の若草は靑々として、天候は申分がない。ああよき日なるかな。希望は海のやうだ。諸君は健康にあふれ…

「月半輪」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

月半輪、無風、航路燈、海は鏡のやうだ。私は疲れて町から歸つてきた。風景は藍碧、在るものはみな牛のやうにまつ黑だ。虛無、幽玄。 私はしばらく砂の上に腰を下ろしてゐた。 舷燈さみしく、沖を渡る發動機船。遠い闇から港にかへつてくるその音、正しい鼓…

「興安嶺」『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』

興安嶺…… いま日の暮れ方の椅子に在つて、私の思ふところは寂寞荒涼として名狀しがたい。さうして私は一葉の寫眞を膝において、私の思ふところになほ深く沈淪しようとする。どこまでも遠くつづいた山脈、遠景は雲に入つて見わけがたい山なみ、この鳥瞰圖のも…

「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』

ただ一つ喪服の蝶が松の林をかけぬけてひらりと海へ出ていつた風の傾斜にさからつてつまづきながら よろけながら我らが酒に醉ふやうにまつ赤な雲に醉つ拂つておほかたきつとさうだらうずんずん沖へ出ていつた出ていつた 遠く 遠くまた高く 喪服の袖が見えず…

「ちつぽけな象がやつて来た」『駱駝の瘤にまたがつて』

颱風が來て水が出た日本東京に秋が來てちつぽけな象がやつて來た誕生二年六ケ月百貫でぶだが赤んぼだ 象は可愛い動物だ赤ん坊ならなほさらだ貨車の臥藁(ねわら)にねそべつてお薩(さつ)やバナナをたべながら晝寢をしながらやつて來た ちつぽけな象がやつ…

「晝の夢」『駱駝の瘤にまたがつて』

住みなれし山にすまひしゆきなれし小徑(みち)をゆききききなれし澗(たに)のせせらぎあぢあまきみづのみなもとくさをわけきりぎしをとびうなじふせつまとのむわきてこの八月のひるのすがしさふともわが思ふなりけり山ふかき林にすまふけだものののかかる…

「すずしき甕」『駱駝の瘤にまたがつて』

天澄み 地涸きものみな磊塊一つ一つに嘆息す土塁頽(くづ)れ夷(たひ)らぎ石みな天を仰げり寂たるかな三旬雨降らずされば羊も跪づきともしき夢を反芻す風塵しばらく小止(をや)み畑つものなほ廣葉圓葉(まろば)のさゆらぐを見るかかる時なお拮槹(きつか…

「かなたの梢に――」『駱駝の瘤にまたがつて』

かなたの梢に憩ふものあり日は南 木は枯れて 空靑しまたこの冬のかばかりもさまかへし田のおもてものもなく人を見ず山低き野のすゑに憩ふものこころみになが指に數ふべし稚な兒よときの間のつれづれの汽車の窓よごれたる玻璃の陽ざしにさらばわれらがお指に…

「王孫不歸」『駱駝の瘤にまたがつて』

王孫遊兮不歸 春草綠兮萋萋――楚辭 かげろふもゆる砂の上に草履がぬいであつたとさ 海は日ごとに靑けれど家出息子の影もなし 國は亡びて山河の存する如く父母は在(おは)して待てど 住の江の 住の江の太郞冠者くわじゃこそ本意(ほい)なけれ 鷗は愁い鳶は啼…

「さやうなら日本東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

ぽつぽつ櫻もふくらんだ旅立たうわれらの仲間名にしおふ都どり追風だ 北をさせさやうなら吾妻橋言問 白鬚さやうなら日本東京さやうなら闇市さやうなら鳩の街新宿上野のお孃さん一萬人の靴磨きさやうなら日本東京さやうならカストリ屋臺さやうなら平澤畫伯………

「行人よ靴いだせ」『駱駝の瘤にまたがつて』

行人よ靴いだせ行人よ靴いだせ脂ぬり刷毛はかん泥(ひぢ)はらひ釘うたん鋲うたん革うたん靴いだせ行人よ行人よ靴いだせ故鄕の柳水にうなだれ塵たかくジープは走れ掘割にゆく舟を見ず街衢みな平蕪ボイラー赤く錆び蛇管(だくわん)は草に渇きたりここにして…

「いただきに煙をあげて」『駱駝の瘤にまたがつて』

いただきに煙をあげて――いただきに煙をあげて走つてくる大きな波ああこの沖の方から惡夢のやうに額をおしつけてくる獸ものたち起ち上り起ち上り 起ち上りまつ暗な重たい空の重壓から無限におしよせてくる意志 厖大な獸ものの頭蓋さうしてその碎け飛ぶ幻影(…

「ここは東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

私はあなたに敎へてあげたいここは東京 燒け野つ原のお濠端ですこんなに霧のかかつた夜ですが 女のひとよここは北京ではありません また巴里でもありませんあなたはどちらへゆかれるのでせうあなたは路にまよはれたのです私はあなたに敎へてあげたいあなたは…

「けれども情󠄁緖は」『駱駝の瘤にまたがつて』

けれども情󠄁緖は春のやうだ一人の老人がかう呟いた燒け野つ原の砌(みぎり)の上で孤獨な膝をだいてゐる一つの運命がさう呟いた妻もなく家庭もなく隣人もなく名譽も希望も職業も 歸るべき故鄕もなく貧しい襤褸(らんる)につつまれて 語られ終つたわびしい一…

「なつかしい斜面」『駱駝の瘤にまたがつて』

なつかしい斜面だおれはこんな枯草の斜面にひとりで坐つてゐるのが好きだ電車の音を遠くききながらさみしいいぢけた冬の雲でも眺めてゐようああ遠くおれの運んできたいつさいのもの思ひ疲れたやくざなおれの希望なら そこらの枯草にはふり出してしまへかうし…

「遠くの方は海の空」『駱駝の瘤にまたがつて』

遠くの方は海の空そこらのつまらぬ水たまりで小僧が鮒など釣つてゐるさみしい退屈な奴らだよいつもこんなところの木かげにかくれて油を賣つてゐるのだよ崩れかかつた堤防がぼんやりあたりを霞ませてそこいらいちめんすくすくと蘆の角がのぞいてゐるくされた…

「晩夏」『駱駝の瘤にまたがつて』

ダーリアの垣根ではダーリアを見たまつ赤に燃えるダーリアの花また日まはりの垣根では日まはりを見た重たく眩ゆくきな臭い 中華民國の勳章だ熱くやきつく砂の上で あそこでおれはいつまでも遠くむかうの三里濱の方を眺めてゐたあとからあとからあとから沖の…

「旗」『駱駝の瘤にまたがつて』

だからあの夢のやうなまつ白な建築 遠く空に浮んだ無數の窓のうへにその尖塔のてつぺんにひるがへる旗を見よ高く高く細くまつすぐにささげられた旗竿のさきああそこにも一つの海を見る海のやうにひるがへる旗を見るああその氣流の流れるところに 波は無數に…

「薪を割る音」『砂の砦』

けふ 薪を割る音をきく彼方 遠き野ずゑのかた岡に日もすがら薪を割る音をきく丁東 東々松も柏も摧かるる音をきく春は來ぬものなべて墓場の如き沈默にねむりたる冬の日は去りしづかに春はめぐりくるけふその音のされどわが心には如何にうらがなしくもひびくか…

「我ら戰爭に敗れたあとに」『故卿の花拾遺』

我ら戰爭に敗れたあとに一千萬人の赤んぼが生れた だから海はまつ靑で空はだからまつ靑だ 見たまへ血のやうなぽつちりと赤い太陽 骨甕へ骨甕へ 骨甕へ齡とつた二十世紀の半分は 何も彼もやり直しだと跛(びつこ)の蛼(こほろぎ)葉の落ちつくした森の奧 ま…

「荒天薄暮」『故鄕の花』

天荒れて日暮れ沖に扁舟を見ず餘光散じ消えかの姿貧しき燈臺に淡紅の瞳かなしく點じたり晩鴉波にひくくみな聲なく飛びあわただしく羽(はね)うちいそぐさは何に逐はるるものぞ慘たる薄暮の遠景にされどなほ塒あるものは幸なるかな天また昏く雲また疾し彼方…

「なれは旅人」『故鄕の花』

幾山河(いくやまかは)越路(こしぢ)のはてのさくら花か靑き海を松が枝にかへり花さく日の空に小鳥は鳴けど音はさびし――音はさみしなれは旅人旅人よ樹かげにいこへこはこれなれが國ならず旅人よなべてのことをよそに見てつめたき石にもいこへかしまことに…

「朝はゆめむ」『故鄕の花』

ところもしらぬやまざとにひまもなくさくらのはなのちりいそぐをいろあはきさくらのはなのひまもなくななめにちるをあさはゆめむさくらのはなのただはらはらとちりいそぐをはらはらとはなはひそかにいきづきてかぜにみだれてながるるをやみてまたそのはなの…

「願はくば」『花筐』

願はくばわがおくつきに植ゑたまへ梨の木幾株(いくしゆ) 春はその白き花さき秋はその甘き實みのる 下かげに眠れる人のあはれなる命はとふな いつよりかわれがひと世の風流はこの木にまなぶ それさへや人につぐべきことわりのなきをあざみぞ いかばかりふか…

「身は老いて」『花筐』

身は老いて憂ひは深し 事しげく言はみじかし かくばかりながく忍びしこころをば誰に語らん 冬の夜の暗き巷をあてどなくさまよふのみぞ すべもなし今はせんなし わがふるき怒りは眼ざめあたらしき泪はながる すべもなき心のためにあがなひし水仙の花 外套の袖…