三好達治bot(全文)

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随筆

「むかしの詩人」

もう二た昔の餘も以前のことになる、本鄕春日町の「大國」といふ家で尾崎喜八さんの詩集出版記念會があつた。私はさういふ會合へ出たのはその時がはじめてであつた。その頃大森にをられた萩原さんが近所の私に同行をすすめられたのに從つたのである。私は尾…

「交遊錄」

萩原朔太郞先生に初めて會つたのは丁度三年前の夏だつた。伊豆のある旅館で初めてこの有名な詩人と對坐した時は、子供の頃中學校の入學試驗をうけに行つたやうな氣持だつた。小說家の尾崎士郞氏がそこへ伴れて行つてくれたと覺えてゐる。窓には盛夏の綠があ…

「半宵記」

先日女流作家のO・Kさんが突然他界された。私は朝の新聞でそれを知つた時、同女史の――ほんの數囘私がお眼にかかつた、その時々の風采や擧止動作を次々に思ひ泛べた。友人達大勢と一緖にお宅で御馳走になつた時、銀座のどこかで行會つて簡單なお辭儀をしあ…

「小動物」

「小動物 一」 「小動物 二」 「小動物 三」 「小動物 四」 「小動物 一」 私は餘り蛇を怖れない性質(たち)である。一度こんな經驗をしたことがある。 洛外嵯峨に、嵐山電車を降りて渡月橋とは反對の方角に、釋迦堂といふのがある。もう十四五年も昔のこと…

「自作について」

村 鹿は角に麻繩をしばられて、暗い物置小屋にいれられてゐた。何も見えないところで、その靑い眼はすみ、きちんと風雅に坐つてゐた。芋が一つころがつてゐた。 そとでは櫻の花が散り、山の方から、ひとすぢそれを自轉車がしいていつた。 脊中を見せて、少女…

「路」

鼠坂、そんな名の坂がどこか四谷の方にあつた、それをここにも假りてもいいやうな坂が、ふと電車の窓から見える。中年の人物が一人自轉車をおさへて降りてくるのが、ちらりと見えたきりで、それが眼にのこる。時刻は夕暮れであつたから、何やら風情があつた。…

「お花見日和」

またお花見頃になつた。一月あまり仕事場に抑留されてゐた後久しぶりに東京に歸つて見るともうその季節であつた。抑留は人さまに約を果すためと己れ自身のお勝手向きのためとであつて、いささか引揚者めいた感慨を以てやうやく宅に歸つてほつとした折から、…

「『檸檬』 ――梶井基次郎君に」

君の本が出るのは何より喜しい、喜しいどころではない、僕は肩身の廣い誇りを感じる。僕らの時代の若い作家達の間で、君ほど最初から自信に滿ちた仕事をした人はない。最近君の原稿を整理しながら、僕はしみじみと君への敬意を新たにした。卷頭の「檸檬」の…

「繰言」「海風」

深谷君から鄭重なお手紙を貰ひ、今度始める雜誌のために、何か隨筆のやうなもの「靑空」の思出でも書いてみないか、といふお話であるが、學生時代の思出話などするのに、私などまだ十年餘り年が若いやうでもあり、かたがた、好箇の話材も思ひ浮ばない。でも…

「詩碑」

萩原さんの詩碑が、先日前橋市敷島公園に出來上つたので、その除幕式に參會した。近頃は方々にこの種の詩碑歌碑句碑が建設される。いさゝか流行の體で、少し煩はしいくらゐにも思はれるが、すぐとさう考へるのはどうやら中正を得ないやうにも感じられる。こ…

「暮春記」

1 去年の、ちやうど今頃のことである。 その頃私は信州のある山間で暮してゐた。私はそこで春を送り初夏を迎へた。病後の疎懶な生活が固癖になつて、たださへなまくらな私の心は、一寸制馭の法もない橫着なものになつてしまつた。それには私も、實は我れな…

「牛島の藤」

地名の糟壁(かすかべ)というのは、なんだか洒落(しゃれ)た字面(じづら)のようにわたしは考えていたところ、ちかごろはこれが春日部と改められたようである。前者には雅趣があり、後者はただの平凡と思うのは、わたしのつむじ曲がりであろうか。そうか…

「夏のおわりの日まわり」

浜に出て沖を見ていた。ながく沖の方を見つめていた。ものに疲れた夏の日の昼すぎと、むなしいちぎれ雲と、遠くうつけた眼に見る薄曇り、気のせいほどの遠雷。ながらく私はそのむなしいものを見つめていた。ここにこみあう人々の群れにまぎれて、歌声や呼声…