『駱駝の瘤にまたがつて拾遺』
この日蕭々として黃梅の雨ふる日、我がどち君の歸鄕を待つ。歸る人は然れども旣に白玉樓中の客にして、遺影空しく待ちえて何を語らはんすべもなし。信濃なる淺間ヶ岳にたつ煙ただほのぼのとして半霄に遠きを見るに似たらんかしこの情や。しかしてげに遙かに…
空をさまよふ星だから小さい醜い星だから 星にたたへた海だから海に浮んだ陸だから 陸のこぼれた島だから島でそだつた猿だから お臀の鬼斑(あざ)は消しがたい何しろさういふわけだから チャリンコパチンコネオン燈ビンゴの玉はセルロイド パンパン孃の赤い…
橋の袂のチャルメラは屋臺車の支那蕎麥屋陶々亭の名もかなし要するにこれわんたんをくらわんかいの一ふしは客がないから吹く笛だ宵の九時から吹きそめて氣輕に吹けば音も輕く當座はややに花やげる親爺が茶利で君が代は千代に八千代にと吹きならす遠いえびす…
あの頃は空が低かつた肩が星につつかへた文なしで宿なしで彼は港をほつついた靴の踵(かかと)をひんまげて蟬のつぎはきりぎりすそれからつぎはこほろぎだ秋がきて霜がふりやさしい奴らはかくして死ぬさうして世間は靜かになり婆々あが砧をうつことだ我慢を…
——詩集「二十億光年の孤獨」序―— この若者は意󠄁外に遠󠄁くからやってきたしてその遠󠄁いどこやらから彼は昨日發つてきた十年よりさらにながい一日を彼は旅してきた千里の靴󠄁を借りもせず彼の踵で踏んできた路のりを何ではからうまたその曆を何ではからうけれど…
西へ西へ 西へなほ遠く夕燒けの彼方へさうしておれの空想は乞食のやうにうらぶれてある日の日暮れ東の國から歸つてきた 北へ北へ 北へなほ遠くかの極北へさうしてある日おれの思想は日にやけて腹をへらして南から乞食のやうによろめいて戾つてきたここらがお…
こんな陽氣にジャケツを着て牡丹の奧から上機嫌で百合の底から醉つ拂つてづんぐりむつくり 花粉にまみれてまるで幸福が重荷のやうにころげでる蜜蜂 世界一列春だからなんと君らが誇りかに光りにむかつて飛ぶことだ空しい過去の窖(あなぐら)から心には痛み…
朝だから鷄が鳴く燒野ヶ原のここかしこじやがいも畑や麥畑穗麥のみだれたむかふから人の住む窓も見えない遠くから 丘の上から 窪地からまだうす暗い煙突が 倒れかかつて驅け出しさうな草の上夜ののこりの影の上夜をひと夜蝶のまねした月見草もうおやすみこの…
ゆくがいい。人生はマラソンだ。あの遠い地平線まで、そら、驅けだしたまへ。諸君は出發點に勢ぞろひして、合圖の拳銃をまつてゐる。朝はまだ早い。春の野の若草は靑々として、天候は申分がない。ああよき日なるかな。希望は海のやうだ。諸君は健康にあふれ…
月半輪、無風、航路燈、海は鏡のやうだ。私は疲れて町から歸つてきた。風景は藍碧、在るものはみな牛のやうにまつ黑だ。虛無、幽玄。 私はしばらく砂の上に腰を下ろしてゐた。 舷燈さみしく、沖を渡る發動機船。遠い闇から港にかへつてくるその音、正しい鼓…
興安嶺…… いま日の暮れ方の椅子に在つて、私の思ふところは寂寞荒涼として名狀しがたい。さうして私は一葉の寫眞を膝において、私の思ふところになほ深く沈淪しようとする。どこまでも遠くつづいた山脈、遠景は雲に入つて見わけがたい山なみ、この鳥瞰圖のも…