三好達治bot(全文)

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『駱駝の瘤にまたがつて』

「喪服の蝶」『駱駝の瘤にまたがつて』

ただ一つ喪服の蝶が松の林をかけぬけてひらりと海へ出ていつた風の傾斜にさからつてつまづきながら よろけながら我らが酒に醉ふやうにまつ赤な雲に醉つ拂つておほかたきつとさうだらうずんずん沖へ出ていつた出ていつた 遠く 遠くまた高く 喪服の袖が見えず…

「ちつぽけな象がやつて来た」『駱駝の瘤にまたがつて』

颱風が來て水が出た日本東京に秋が來てちつぽけな象がやつて來た誕生二年六ケ月百貫でぶだが赤んぼだ 象は可愛い動物だ赤ん坊ならなほさらだ貨車の臥藁(ねわら)にねそべつてお薩(さつ)やバナナをたべながら晝寢をしながらやつて來た ちつぽけな象がやつ…

「晝の夢」『駱駝の瘤にまたがつて』

住みなれし山にすまひしゆきなれし小徑(みち)をゆききききなれし澗(たに)のせせらぎあぢあまきみづのみなもとくさをわけきりぎしをとびうなじふせつまとのむわきてこの八月のひるのすがしさふともわが思ふなりけり山ふかき林にすまふけだものののかかる…

「すずしき甕」『駱駝の瘤にまたがつて』

天澄み 地涸きものみな磊塊一つ一つに嘆息す土塁頽(くづ)れ夷(たひ)らぎ石みな天を仰げり寂たるかな三旬雨降らずされば羊も跪づきともしき夢を反芻す風塵しばらく小止(をや)み畑つものなほ廣葉圓葉(まろば)のさゆらぐを見るかかる時なお拮槹(きつか…

「かなたの梢に――」『駱駝の瘤にまたがつて』

かなたの梢に憩ふものあり日は南 木は枯れて 空靑しまたこの冬のかばかりもさまかへし田のおもてものもなく人を見ず山低き野のすゑに憩ふものこころみになが指に數ふべし稚な兒よときの間のつれづれの汽車の窓よごれたる玻璃の陽ざしにさらばわれらがお指に…

「王孫不歸」『駱駝の瘤にまたがつて』

王孫遊兮不歸 春草綠兮萋萋――楚辭 かげろふもゆる砂の上に草履がぬいであつたとさ 海は日ごとに靑けれど家出息子の影もなし 國は亡びて山河の存する如く父母は在(おは)して待てど 住の江の 住の江の太郞冠者くわじゃこそ本意(ほい)なけれ 鷗は愁い鳶は啼…

「さやうなら日本東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

ぽつぽつ櫻もふくらんだ旅立たうわれらの仲間名にしおふ都どり追風だ 北をさせさやうなら吾妻橋言問 白鬚さやうなら日本東京さやうなら闇市さやうなら鳩の街新宿上野のお孃さん一萬人の靴磨きさやうなら日本東京さやうならカストリ屋臺さやうなら平澤畫伯………

「行人よ靴いだせ」『駱駝の瘤にまたがつて』

行人よ靴いだせ行人よ靴いだせ脂ぬり刷毛はかん泥(ひぢ)はらひ釘うたん鋲うたん革うたん靴いだせ行人よ行人よ靴いだせ故鄕の柳水にうなだれ塵たかくジープは走れ掘割にゆく舟を見ず街衢みな平蕪ボイラー赤く錆び蛇管(だくわん)は草に渇きたりここにして…

「いただきに煙をあげて」『駱駝の瘤にまたがつて』

いただきに煙をあげて――いただきに煙をあげて走つてくる大きな波ああこの沖の方から惡夢のやうに額をおしつけてくる獸ものたち起ち上り起ち上り 起ち上りまつ暗な重たい空の重壓から無限におしよせてくる意志 厖大な獸ものの頭蓋さうしてその碎け飛ぶ幻影(…

「ここは東京」『駱駝の瘤にまたがつて』

私はあなたに敎へてあげたいここは東京 燒け野つ原のお濠端ですこんなに霧のかかつた夜ですが 女のひとよここは北京ではありません また巴里でもありませんあなたはどちらへゆかれるのでせうあなたは路にまよはれたのです私はあなたに敎へてあげたいあなたは…

「けれども情󠄁緖は」『駱駝の瘤にまたがつて』

けれども情󠄁緖は春のやうだ一人の老人がかう呟いた燒け野つ原の砌(みぎり)の上で孤獨な膝をだいてゐる一つの運命がさう呟いた妻もなく家庭もなく隣人もなく名譽も希望も職業も 歸るべき故鄕もなく貧しい襤褸(らんる)につつまれて 語られ終ったわびしい一…

「なつかしい斜面」『駱駝の瘤にまたがつて』

なつかしい斜面だおれはこんな枯草の斜面にひとりで坐つてゐるのが好きだ電車の音を遠くききながらさみしいいぢけた冬の雲でも眺めでゐようああ遠くおれの運んできたいつさいのもの思ひ疲れたやくざなおれの希望なら そこらの枯草にはふり出してしまへかうし…

「遠くの方は海の空」『駱駝の瘤にまたがつて』

遠くの方は海の空そこらのつまらぬ水たまりで小僧が鮒など釣つてゐるさみしい退屈な奴らだよいつもこんなところの木かげにかくれて油を賣つてゐるのだよ崩れかかつた堤防がぼんやりあたりを霞ませてそこいらいちめんすくすくと蘆の角がのぞいてゐるくされた…

「晩夏」『駱駝の瘤にまたがつて』

ダーリアの垣根ではダーリアを見たまつ赤に燃えるダーリアの花また日まはりの垣根では日まはりを見た重たく眩ゆくきな臭い 中華民國の勳章だ熱くやきつく砂の上で あそこでおれはいつまでも遠くむかふの三里濱の方を眺めてゐたあとからあとからあとから沖の…

「旗」『駱駝の瘤にまたがつて』

だからあの夢のやうなまつ白な建築 遠く空に浮かんだ無數の窓のうへにその尖塔のてつぺんにひるがへる旗を見よ高く高く細くまつすぐにささげられた旗竿のさきああそこにも一つの海を見る海のやうにひるがへる旗を見るああその氣流の流れるところに 波は無數…

「二重の眺望」『駱駝の瘤にまたがつて』

ああこの夏のまつ晝まのあまりに明るい炎天の遠い方角えたいの知れない遠くの方から聞こえてくるもの音と靜けさとさみしく流れる煙のやうな一つのこゑをきいてゐるのは私の影そこらあたりの燃えたつやうな岱赭の丘を眺めてゐるのは 私とさうして私の影ああこ…

「薄野」『駱駝の瘤にまたがつて』

薄の枯れたうらさみしい野みちだむかふの方に堤防があつて 盗びとのやうにいやな奴がそのくせおれのなつかしい河が流れてゐる(それはもうさういふ羽目の辻占だ……)さうしてそいつはいつもかもしのび音に堤防の下を流れてゐるそこにはつまらぬ舟が浮んでつま…

「鴉」『駱駝の瘤にまたがつて』

遠い國の船つきでおれは五年も暮してきたおれはいつも獨りぽつちでさびしい窓にぼんやりもたれて暮してゐたああそのながい間ぢゆうおれは何を見てゐただらう鴉 鴉 鴉 あのいんきな鬱陶しい仲間たち今日も思ひ出すのは奴らのことばかりだあのがつがつとした奴…

「駱駝の瘤にまたがつて」『駱駝の瘤にまたがつて』

えたいのしれない駱駝の背中にゆさぶられておれは地球のむかふからやつてきた旅人だ病氣あがりの三日月が砂丘の上に落ちかかるそんな天幕てんとの間からおれはふらふらやつてきた仲間の一人だ何といふ目あてもなしにふらふらそこらをうろついてきた育ちのわ…

「出發」『駱駝の瘤にまたがつて』

まんとの袖をひるがへし、夕陽の赤い驛前をいそぐ時、海のやうに襲つてくる一つの感情は甘くして、またその潮水のやうに苦がい。人はみな己れの影をおふてゆく、このひからびた砂礫の上に、彼方に遠く疲れた雄鷄の鳴く日暮れ時、私の見るのは一つの印象、谿…