三好達治bot(全文)

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『艸千里』

「南の海」『艸千里』

南の海のはなれ小島に色淡き梅花はや兩三枝開きそめたり まだ萠えぬ黃なる芝生に 古き椅子ありわれひとり腰をおろさん…… 遠くふくらみたる海原と空高く登りつめたる太陽と 土赭きひとすぢ路と彼方の村と われはこのかた岡に いま晝は色こまやかに描かれたる…

「汝の薪をはこべ」『艸千里』

春逝き夏去り今は秋 その秋のはやく半ばを過ぎたるかな耳かたむけよ耳かたむけよ近づくものの聲はあり 窓に帳帷とばりはとざすとも訪なふ客の聲はあり落葉の上を步みくる冬の跫音 薪まきをはこべああ汝汝の薪をはこべ 今は秋 その秋の一日ひとひ去りまた一日…

「廢園」『艸千里』

春夏過ぎて秋はきぬわがこころの園生に蟲啼けりあはれなる蟲は啼けり木にも草にも荒れ蕪れて また荒れ蕪れしあかつきの わがこころの園生におん墓ありその日より ここにとこしへにおん墓あり君知りたまふや愚かなるわがためには そは二つなき思出の奧津城な…

「紅花一輪」『艸千里』

なつかしき南の海……なつかしきは伊豆の國かな二日三日 わがのがれきてひとり愁ひを養へる宿のうしろのきりぎしのほのぐらき雜木まじりにひともとたてるやぶ椿いま木洩れ陽のかげうごくふとしも見ればここだくの花は古りたる もも枝のそのひと枝ゆこの朝あし…

「淚」『艸千里』

とある朝あした 一つの花の花心から昨夜ゆうべの雨がこぼれるほど 小さきもの小さきものよ お前の眼から お前の睫毛の間からこの朝あした お前の小さな悲しみから 父の手にこぼれて落ちる 今この父の手の上に しばしの間暖かいああこれは これは何か それは…

「蟬」『艸千里』

蟬といふ滑車がある。井戸の樞くるるの小さなやうなものである。和船の帆柱のてつぺんに、たとへばそれをとりつけて、それによつてするすると帆を捲き上げる時、きりきりと帆綱の軋るその軋音を、海上で船人たちは蟬の鳴聲と聞くのである。セミ、何といふ可…

「廢馬」『艸千里』

遠く砲聲が轟ゐてゐる。聲もなく降りつづく雨の中に、遠く微かに、重砲の聲が轟ゐてゐる。一發また一發、間遠な間隔をおいて、漠然とした方角から、それは十里も向うから聞こえてくる。灰一色の空の下に、それは今朝から、いやそれは昨日からつづいてゐる。…

「おんたまを故山に迎ふ」『艸千里』

ふたつなき祖國のためとふたつなき命のみかは妻も子もうからもすてていでまししかの兵つはものは つゆほどもかへる日をたのみたまはでありけらしはるばると海山こえてげに還る日もなくいでまししかのつはものは この日あきのかぜ蕭々と黝みふくふるさとの海…