三好達治bot(全文)

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『砂の砦』

「郊野の梅」『砂の砦』

逝くものはこゑもなくゆくささやかな流れの岸の梅の花野の川の川波たてばその花のかげもみだれてそはしばしゆらぎさざめく日暮れどき野はやがでほの昏けれどその花のもののあいろもさだめなく昏きあたりにただ一つその花のともす燈火(ともしび)――微笑 囁き…

「古松に倚る」『砂の砦』

天遠く晴れて月影白くほのかなり寂々として心を來り撲つは何我れはわが行かんと欲りしところを忘れ徘徊して古松の影に倚るわが生の日はすでに久しくあまたたび行路の轉變を見るこの心また落寞として願ふところことごとく絕つ來るものをして來るに任じ行くも…

「一葉舟」『砂の砦』

——ある一つの運命について 天に雪舞い四方(よも)に烈風のこゑをきく景や暗憺として涯(はて)なく波浪かげくろく海を傾け來る海は傾き去つて飛沫しろく潮流激し鳴る海鳥忽ち虛空より下りみな翼にしづくたれて叫び啼けりああこゑあるものかくことごとく悲泣…

「薪を割る音」『砂の砦』

けふ 薪を割る音をきく彼方 遠き野ずゑのかた岡に日もすがら薪を割る音をきく丁東 東々松も柏も摧かるる音をきく春は來ぬものなべて墓場の如き沈默にねむりたる冬の日は去りしづかに春はめぐりくるけふその音のされどわが心には如何にうらがなしくもひびくか…

「海は今朝」『砂の砦』

海は今朝砂の上にきて笑ふ巖のはなから月の出にゆうべまた若い女が身を投げた海は今朝砂の上にきて笑ふひと晩暈(かさ)をきてござつたお月さまは西の空に無慈悲な海よ薄情者よけれどもやさしくなつかしい今朝の海よ姿のない木魂のやうな夏の日の通り魔よ紺…

「馬鹿の花」『砂の砦』

花の名を馬鹿の花よと童(わらは)べの問へばこたへし紫の花八月の火の砂に咲く馬鹿の花馬鹿の花三里濱三里の砂の丘つづきこの花咲きて海どりの白きむらがり古志(こし)の海日すがらここにとどろけり朱きふどしの蜑の子ら松の林にあらはれてわめきさざめき…

「春の日の感想」『砂の砦』

庭に出て樂々と膝をのばさう艸の上にでて疲れた脚をなげださうながいながい冬の日の後に來たこのゆるやかな感情この暖かい陽ざしこの新らしい季節の贈ものをからだいつぱいいそいでからだいつぱいにうけとらうさうしてこのうち烟つた野山の間にわれらの心を…

「宵宮」『砂の砦』

星が出た枯木の山のいただきに星が一つ今日はもうそこで終つた今日はもう小鳥のうたふ歌も終つた明日の新らしい太陽の外もう一度誰が彼らをうたはせよう彼らは谷間の藪にかへつた彼らはその塒にかへつた栗鼠や兎やももんがや夜出て働くものの外われらの仲間…

「砂の砦」『砂の砦』

私のうたは砂の砦だ海が來てやさしい波の一打ちでくづしてしまふ 私のうたは砂の砦だ海が來てやさしい波の一打ちでくづしてしまふ こりずまにそれでもまた私は築く私は築く私のうたは砂の砦だ 無限の海にむかつて築くこの砦は崩れ易いもとより崩れ易い砦だ …

「赤き落日にむかひて」『砂の砦』

赤き落日にむかひてわれは路なき砂をくだりひとり砂丘を越えてゆく遠き日ごろもかかりしに人の世のげにけながくも暮れてゆくかかる身空やよしや頰(ほ)の風にむかひて熱き日もいまははや泪おちず冬の日の雲は彼方にみな低く沈みあつまりこごりたり淡々し 消…

「竹の青さ」『砂の砦』

竹の靑さは身に透る竹の靑さよ骨にも透るああ竹竹靑く煙つた大竹藪に鳩が一羽舞ひたつた夢のやうに羽音もなく靑い煙にかすんで飛んだそのあとをまた一羽はたはたと斜に空へ拔け去つた日暮れどきの竹藪は靜かな海の底のやうだかうして私は爪先のぼりに丘の小…

「涙をぬぐつて働かう」『砂の砦』

——丙戊歲首に みんなで希望をとりもどして淚をぬぐつて働かう忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておかう苦しい心は苦しいままにけれどもその心を今日は一たび寛がうみんなで元氣をとりもどして淚をぬぐつて働かう 最も惡い運命の颱風の眼は過ぎ去つた最…

「氷の季節」『砂の砦』

今は苦しい時だ今はもつとも苦しい時だ長い激しい戰さのあとで四方の兵はみな敗れ家は燒け船は沈み山林も田野も蕪れてこの窮乏の時を迎へる七千萬のわれわれは一人一人に無量の悲痛を懷いてゐる怒りや失意や絕望やとりかへしのつかない悲しい別離や痛ましい…