三好達治bot(全文)

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『百たびののち』

「冬の朝」『百たびののち』

鵯どりが叫ぶ霜のきびしい朝の庭木の梢から襤褸(ぼろ)をまとつた利かぬ氣の婆さんお前は近所の街角のけなげな働き手の誰かを私に思はせる鵯どりがけたたましく叫ぶ私はまづ何やら傷ましい感じに眼ざめつつそれに耐へるそそつかし屋のお前がそこらの木實を…

「かの一群のものを見る」『百たびののち』

重たくとざした灰色雲を屋根として彼方に雪の山をおき収穫の後に野にしろき煙たつ枯れ木の梢むらさきに煙はやがて靄となるに影黑き藁塚わづかに靑きものは麥つつましく襟かきあはせ蹲(つく)ばへる聚落(じゆらく)々々を日もすがら黑木の森を驅けめぐるか…

「酩酊」『百たびののち』

水を涉りまた水を涉りわれら綠の野をすぎわれら丘と谷間と山々とを越え國のはて 異國の浦々を舟渡(ふなわた)りぬ茫々と風にふかれ地上を高く飛び去りゆく雲にまぎれ幻の駱駝の瘤にまたがつてある日は陽炎にゆられゆられてさわれらかくいつさいのものから遠…

「花の香」『百たびののち』

私は思ふ 暖かい南をうけた遠い丘そこに群がる水仙花 黑潮に突出た岬かの群落を思ふのはさうして旅仕度を思ふのはこの年ごろこの季節の私の習ひ 白晝夢今日また爐邊にそれをくりかへす芳香はもう鼻をうつて 部屋に漂ふ 噫 ある年の雪の朝戰さに敗けて歸つて…

「砂の錨」『百たびののち』

百の別離百たびの百の別離の 百たびを重ねたのちに赤つさびた雙手錨(もろていかり)がごろりとここにねこんでゐる砂の上こんな奴らのことだから 素つ裸さ吹きつさらしの寒ざらしだそれでもここの濱びさし 軒つぱには陽がさして物置きだから誰もゐないそこら…

「寒庭」『百たびののち』

しぐれ空に山茶花󠄁の花󠄁が咲󠄁いたどこやらでそこここでせつせと機械の音󠄁のする場末町陽ざしの乏しいしめつぽい貧󠄁しい庭󠄁に寂しい庭󠄁のかた蔭に紅につつましくなにげなくこころは高くけふの季節をひきとつてその紅は花󠄁瓣のふちに一刷けわづかにほのかに鮮…

「不知火か」『百たびののち』

——不知火か あらず 漁(いさ)り火夜もすがら 漁り火を見る 夜もすがら天低うして風は死しはてなき時の脈搏のみこなたに やをら うちかへす闇の起き伏しまどかなるそが胸に かがやかに とおくはるかに——不知火か さなり虛しくおきつらねたるものを喪ふさらば…

「國のはて」『百たびののち』

國のはて 國々のはて 岬々をへめぐりて見はるかしたる海の色晴れし日に ひな曇る日に人けなき燈臺の窓の硝󠄁子にしんしんと松󠄁のみどりの痛かりしその空こえてゆるやかに聲ありしその風の上に 歸りきてまたわが思ふ小夜ふけの枕べの 夢ならず眼にさやか 耳に…

「天上大風」『百たびののち』

天上大風 かぐろい風はふき起󠄁りはるかな空に雪󠄁はふる 雪󠄁はふる遠󠄁い親らの越えてこし 尾根に峠に燒き畑に 戰さの跡に雪󠄁はふる 雪󠄁はふるふる雪󠄁は 遠󠄁い親らの墓の 一丈󠄁五尺ふりつもる 夜(よ)のくだち 二更󠄁三更󠄁厩の馬は鼻󠄁を鳴らす 床を蹴る……また…

「こんこんこな雪󠄁ふる朝󠄁に」『百たびののち』

こんこんこな雪󠄁ふる朝󠄁に梅が一りんさきましたまた水仙もさきました海にむかつてさきました海はどんどと冬󠄀のこゑ空より靑い沖のいろ沖にうかんだはなれ島島では梅がさきましたまた水仙もさきました赤いつばきもさきました三つの花󠄁は三つのいろ三つの顏で…

「灰󠄁が降る」『百たびののち』

灰󠄁が降る灰󠄁が降る成󠄁層圈から灰󠄁が降る 灰󠄁が降る灰󠄁が降る世界一列灰󠄁が降る 北極熊もペンギンも椰子も菫も鶯も 知らぬが佛でゐるうちに世界一列店(たな)だてだ 一つの胡桃(くるみ)をわけあつて彼らが何をするだらう 死の總計の灰󠄁をまくとんだ花󠄁咲󠄁…

「碧落城」『百たびののち』

碧落(へきらく)に城あり層々風に鳴る邱阜(きうふ)うやうやしく跪(ひざま)づき長流はるかに廻(めぐ)る百世舊(きう)のごとし景を踐(ふ)んで人事勿忙の嘆(たん)あり歲晩淡紅の花また折からや草屋の墻根(かきね)に散りしくを見る誰ひとか煙霞(…

「閑窓一盞」『百たびののち』

憐むべし糊口に穢れたれば一盞(いつさん)はまづわが膓(はら)わたにそそぐべしよき友らおほく地下にあり時に彼らを憶ふまた一盞をそそぐべしわが心つめたき石に似たれども世に憤りなきにしもあらずまた一盞をそそぐべし露消󠄁えて天晴るわが庭󠄁の破れし甕…

「風の中に」『百たびののち』

その朝の出來事だつたそれは歌ひをはつたからわれらはじめて沈默をきいたその朝小鳥は死んだからむなしい窓の鳥籠にわれらはじめてそれをきいた風が來てわれらをとらへたわれら耳をかたむけたわれら風の中に永遠をきいた 風の波紋はひろがつて雛げしがそこに…

「故鄕の柳」『百たびののち』

草におかれてうつぶせに大きな靑い吊鐘が橋のたもとにありましたどういふわけだか知りません 腹のところのうす赤い僕らは鮠(はや)を釣りました提(ひさ)げに入れるとすぐに死ぬそれははかない魚でした 動物園の前でした動物園では虎がなくライオンがなく…

「砂上」『百たびののち』

むしやうにじやれつく仔羊どもにとりまかれてお前のからだのはんぶんもある重たい乳房を含ませながらうるさげに不精げに退屈げにけれども氣ながに――お前はお前で何かを遠くに眺めてゐる牝羊よごれてやつれていくらか老人めいて足もともたよりなげに考へごと…

「松のふぐり火」『百たびののち』

この朝(あした)拾ひあつめし松ふぐりこの夕べ飯(いひ)かしぐ焰となるよ うつらうつら竈におこるこゑをきき聽くとなく昨日の海を今日もきく うつけびと袖も袂も赤々とくらき厨にゐたりけり ありとなく消えて飛ぶ丘の上の一つ家に立つけむり 遠(をち)か…

「我ら何をなすべきか」『百たびののち』

傷(て)を負つてはんやになつて一羽の雉が墮ちてゆく 谿川の瀨の鳴る中をあたりに殘る谺の中を 谿のむかふへ墮ちてゆく墮ちてゆく 一度は空にあがつたが再び空に身をなげたが いづれは墮ちるものとして抛物線を墮ちてゆく 墮ちてゆく………… 夕暮れに眼をつむ…

「落ち葉つきて」『百たびののち』

落葉つきて 梢こずゑを透く陽ざし冬の夕陽をしなやかにゆりあげる彼らの仲間みなひと方にかたなびく欅の梢ここの並木の瘤こぶの老樹の肩 胸 腰腰かけほどにくねり上つたその根かたさけてよじれて傾いた變な窓からこの變てこなうつろからさへやつてくるついに…