三好達治bot(全文)

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『測量船拾遺』

「公園」『測量船拾遺』

私は公園が欲しい。 仄かな草の匂ひやしめやかな木立の薫りや眼には見えない虫の気配のある中を靜かに樹蔭を步いてゆくと時どきあちらにもこちらにも噴水が見えて、この人工の小自然は疲れて怡しさを喪つた人の心を絶えまなく水盤に落ちるそれの言葉で誘つて…

「太郎」『測量船拾遺』

「太郎さん舞鶴へは歸りたくないの?」「歸りたいだよ姉さん。病気が癒つたら僕は迎ひにきて貰ふんだ。内緒だけれどもね、僕はこの間葉書を出して置いたんだよ」と云つて太郎は飛白の膝で手の平を拭き拭きした。「誰にも云つてはいけない!」「云ひやしませ…

「故き胡弓」『測量船拾遺』

秋なりふるき胡弓を彈かましか 秋なり 秋なりいとちひさなる草の實も 日ねもす秋を飛びゆくかな 今し季節の船出する湊の鐘を聽けよかし 空に銅羅は叩かれて落ち葉は谿をわたりくる 秋なり 秋なりふるき胡弓を搔い鳴らせ 何の情緒かとどまらんあわただしくも…

「王に別るる伶人のうた」『測量船拾遺』

空に舞ひ舞ひのぼり噴水はなげきかなしみひとびとうなじたれ花をしくなり 哀傷の日なたに花はちり花はちり見たまへかし王がいでましのすがたなり 風に更紗のかけぎぬふかせゆるやかに象があゆめばみ座ゆれゆれ光り金銀の鈴がなるなり 象の鼻をりふしに空にあ…

「蝙蝠と少年」『測量船拾遺』

丸山清に 少年よ、父母がお前を見喪つたのか、または、お前が父母を見喪つたのか――。 靴の踵で古めかしく磨り減らされてゐる、海岸近い居留地の鋪道の上で、私はその夜支那人の一人の少年を拾つた。狹い額につり上つた眉をもち、皮膚に靑い脂肪の沈澱したこ…

「岬の話」『測量船拾遺』

(敵の艦隊、芭蕉の葉のやうな浪をかきわけ、大きく印度洋を迂廻してゐる。) 一人の兵士が一頭の羊を、一頭の羊が一人の兵士を愛した。兵士の群が羊の群を、羊の群が兵士の群を愛した。彼等は日曜日の日向で、華やかにも慇懃に、綠の制服と白い毛並とを入り…

「暗い城のやうな家」『測量船拾遺』

私は暗い城のやうな家の門に立つてほとほとと扉を敲いてゐる。 ――この扉をあけて下さい。私を通して下さい。どうぞそつと私をこの中へ入れて下さい。 すると中からしづかな聲が答へる。 ――お前はそもそも何ものだ? もう今夜の人々はみんな入つてしまつた筈…

「昨日はどこにもありません」『測量船拾遺』

昨日はどこにもありませんあちらの箪笥の抽出しにもこちらの机の抽出しにも昨日はどこにもありません それは昨日の寫真でせうかそこにあなたの立つてゐるそこにあなたの笑つてゐるそれは昨日の寫真でせうか いいえ昨日はありません今日を打つのは今日の時計…