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三好達治bot(全文)

bot及びブログについては初めにこちらをご覧ください http://miyosibot.hatenablog.com/entry/2017/03/28/110448

「獅子」『測量船』

彼れ、獅子は見た、快適の午睡の果てに、――彼はそこに洗はれて、深淵の午後に、また月のやうに浮び上つた白磁の皿であつた、――微かに見開いた睫毛の間に、汚臭に滿された認識の裂きがたいこの約束、コンクリートの王坐の上に腕を組む鐵柵のこの空間、彼の楚…

「私と雪と」『測量船』

今日私をして、なほ口笛を吹かせるのは何だらう? 古い魅力がまた私を誘つた。私は靴を穿いて、壁から銃を下ろした。私は栖居を出た。折から雪が、わづかに、眩しくもつれて、はや遅い午後を降り重ねてゐた。犬は、しかし思ひ直してまた鎖にとめた。「私は一…

「アヴェ・マリア」『測量船』

鏡に映る、この新しい夏帽子。林に蟬が啼いてゐる。私は椅子に腰を下ろす。私の靴は新しい。海が私を待つてゐる。 私は汽車に乘るだらう、夜が來たら。 私は山を越えるだらう、夜が明けたら。 私は何を見るだらう。 そして私は、何を思ふだらう。 ほんとに私…

「晝」『測量船』

別離の心は反つて不思議に恋の逢瀨に似て、あわただしくほのかに苦がい。行くものはいそいそとして仮そめの勇気を整へ、とどまる者はせんなく煙草を燻ゆらせる束の間に、ふと何かその身の愚かさを知る。 彼女を乘せた乘合馬車が、風景の遠くの方へ一直線に、…

「鹿」『測量船』

夕暮れ、狩の獲物が峠を下りてくる。獵師が五六人、犬が六七頭。――それらの列の下りてくる背ろの、いつとは知らない間にすつかり色の変つた空路(そらぢ)に、晝まから浮んでゐた白い月。 冬といつても人眼にふれないどこかにちらりほらり椿の花の咲いてゐる…

「燕」『測量船』

「あそこの電線にあれ燕がドレミハソラシドよ」 ——毎日こんなにいいお天氣だけれど、もうそろそろ私たちの出發も近づいた。午後の風は胸に冷めたいし、この頃の日ぐれの早さは、まるで空の遠くから切ない網を撒かれるやうだ。夕暮の林から蜩が、あの鋭い唱歌…

「僕は」『測量船』

さう、さうだ、笛の心は慰まない、如何なる歌の過剩にも、笛の心は慰まない、友よ、この笛を吹くな、この笛はもうならない。僕は、僕はもう疲れてしまつた、僕はもう、僕の歌を歌つてしまつた、この笛を吹くな、この笛はもうならない、——昨日の歌はどこへ行…

「草の上」『測量船』

★ 野原に出て坐つてゐると、私はあなたを待つてゐる。それはさうではないのだが、 たしかな約束でもしたやうに、私はあなたを待つてゐる。それはさうではないのだが、 野原に出て坐つてゐると、私はあなたを待つてゐる。さうして日影は移るのだが―― ★ かなか…

「鳥語」『測量船』

私の窓に吊された白い鸚鵡は、その片脚を古い鎻で繫がれた金環(かなわ)のもうすつかり錆びた圓周を終日嚙りながら、時としてふと、何か氣紛れな遠い方角に空虛なものを感じたやうに、いつもきまつて同じ一つの言葉を叫ぶ。 ——ワタシハヒトヲコロシタノダガ…

「庭」『測量船』

夕暮とともにどこから來たのか一人の若い男が、木立に隱れて池の中へ空氣銃を射つてゐた。水を切る散彈の音が築山のかげで本を讀んでゐる私に聞えてきた。波紋の中に白い花菖蒲(あやめ)が咲いてゐた。 築地の裾を、めあてのない遑だしさで急いでくる蝦蟇の…

「鴉」『測量船』

風の早い曇り空に太陽のありかも解らない日の、人けない一すぢの道の上に私は涯しない野原をさまよふてゐた。風は四方の地平から私を呼び、私の袖を捉へ裾をめぐり、そしてまたその荒まじい叫び聲をどこかへ消してしまふ。その時私はふと枯草の上に捨てられ…

「街」『測量船』

山間の盆地が、その傷ましい、荒蕪な杯盤の上に、祈念の如くに空に擎げてゐる一つの小さな街。夜ごとに音もなく崩れてゆく胸壁によつて、正方形に劃られてゐる一つの小さな街。その四方に楊の並木が、枝深く、すぎ去つた幾世紀の影を與へてゐる。今も明方に…