三好達治bot(全文)

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『一點鐘』

「浅春偶語」『一点鐘』

友よ われら二十年も詩うたを書いて已にわれらの生涯も こんなに年をとつてしまつた 友よ 詩のさかえぬ國にあつてわれらながく貧しい詩を書きつづけた 孤獨や失意や貧乏や 日々に消え去る空想やああながく われら二十年もそれをうたつた われらは辛抱づよか…

「閑雅な午前」『一点鐘』

ごらん まだこの枯木のままの高い欅の梢の方をその梢の細いこまかな小枝の網目の先先にもはやふつくらと季節のいのちは湧きあがつてまるで息をこらして靜かにしてゐる子供達の群れのやうにそのまだ眼にもとまらぬ小さな木の芽の群衆はお互に肱をつつきあつて…

「南の海」『一点鐘』

ひと日わがゆくりなく故紙のひまより見出でたる一片の幼 き文字、南の海と題せり、いづれの年ごろしたためしものと も今はおぼえね、その嘆かひなほ今日の日のわがものにかよ ひて多く異ならず覺ゆ、あはれわがさがやとて自ら憐れみて この集の跋に代えんと…

「灰色の鴎」『一点鐘』

彼らいづこより來しやを知らず彼らまたいづこへ去るやを知らない かの灰色の鷗らも我らと異る仲間ではない いま五月の空はかくも靑くいま日まわりの花は高く垣根に咲きいでた 東してここに來る船あり西して遠く去る船あり いとけなき息子は沙上にはかなき城…

「毀れた窓」『一点鐘』

廢屋のこはれた窓から五月の海が見えてゐる 硝子のない硝子戸越しにそいつが素的なまつ晝間だ 波は一日ながれてゐるその額緣にポンポン船がやつてくる 灰色の鷗もそこに集つて何かしばらく解けない謎を解いてゐる ぽつかり一つそんな時鯨がそこに浮いたつて…

「いつしかにひさしわが旅」『一点鐘』

たまくしげ凾根の山のこなたなる足柄の山 をさなき日うたにうたひしその山のふもとの出湯でゆに ゆくりなくわが來たり臥ふす春の日をいく日ひへにけむ 朝な朝さななくきぎすはもけたたまし谷をとよもし はたたくや木もれ陽のうち つと見ればつまを率ゐてかの…

「鷗どり」『一点鐘』

ああかの烈風のふきすさぶ砂丘の空にとぶ鷗沖べをわたる船もないさみしい浦のこの砂濱にとぶ鷗(かつて私も彼らのやうなものであつた) かぐろい波の起き伏しするああこのさみしい國のはて季節にはやい烈風にもまれもまれて何をもとめてとぶ鷗(かつて私も彼…

「一点鐘二点鐘」『一点鐘』

靜かだつた靜かな夜だつた時折りにはかに風が吹いたその風は そのまま遠くへ吹きすぎた一二瞬の後 いつそう靜かになつたさうして夜が更けたそんな小さな旋じ風も その後谿間を走らない…… 一時が鳴つた二時が鳴つた一世紀の半ばを生きた 顏の黃ばんだ老人の …

「冬の日」『一点鐘』

――慶州佛國寺畔にて ああ智慧は かかる靜かな冬の日にそれはふと思ひがけない時に来る人影の絕えた境に山林にたとへばかかる精舍の庭に前觸れもなくそれが汝の前に來てかかる時 ささやく言葉に信をおけ「靜かな眼 平和な心 その外ほかに何の寶が世にあらう」…

「鶏林口誦」『一点鐘』

たくぶすま新羅の王の陵(みささぎ)に秋の日はいまうららかなり いづこにか鷄(とり)の聲はるかに聞こえかなたなる農家に衣(きぬ)を擣つ音す 路とほくこし旅びとはここに憩はん 芝艸はなほ綠なり 綿の畑の綿の花小徑の奧に啼くいとど松の梢をわたる風艸…