三好達治bot(全文)

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2017-07-12から1日間の記事一覧

「水の上」『百たびののち』以後

黑くすすけた蘆(あし)の穗に冬の水が光つている冬の川が流れている霞のおくに煤けて落ちる夕陽にむかつて川蒸汽が遠く歸つてゆく昨日の曳船を解き放つてひとりぽつちの川蒸汽が帰ってゆく身輕になつた 船脚で――古い記憶だ 噫かのなつかしい人格地上の友 地…

「わが手をとりし友ありき」『百たびののち拾遺』

わが手をとりし友ありき友はみな彼方に去りぬ 花ならば自(みづか)ら摧(くだ)く古き曆を破りされ ひややかに且はほのめくわれは自らわが手をとる 都のほとりの夜半(やはん)なりものの音は一つ一つに沈默す 夜半の袖もほころびしわれは自らわが手をとる …

「花の香」『百たびののち』

私は思ふ 暖かい南をうけた遠い丘そこに群がる水仙花 黑潮に突出た岬かの群落を思ふのはさうして旅仕度を思ふのはこの年ごろこの季節の私の習ひ 白晝夢今日また爐邊にそれをくりかへす芳香はもう鼻をうつて 部屋に漂ふ 噫 ある年の雪の朝戰さに敗けて歸つて…

「砂の錨」『百たびののち』

百の別離百たびの百の別離の 百たびを重ねたのちに赤つさびた雙手錨(もろていかり)がごろりとここにねこんでゐる砂の上こんな奴らのことだから 素つ裸さ吹きつさらしの寒ざらしだそれでもここの濱びさし 軒つぱには陽がさして物置きだから誰もゐないそこら…

「寒庭」『百たびののち』

しぐれ空に山茶花󠄁の花󠄁が咲󠄁いたどこやらでそこここでせつせと機械の音󠄁のする場末町陽ざしの乏しいしめつぽい貧󠄁しい庭󠄁に寂しい庭󠄁のかた蔭に紅につつましくなにげなくこころは高くけふの季節をひきとつてその紅は花󠄁瓣のふちに一刷けわづかにほのかに鮮…

「不知火か」『百たびののち』

——不知火か あらず 漁(いさ)り火夜もすがら 漁り火を見る 夜もすがら天低うして風は死しはてなき時の脈搏のみこなたに やをら うちかへす闇の起き伏しまどかなるそが胸に かがやかに とおくはるかに——不知火か さなり虛しくおきつらねたるものを喪ふさらば…

「私の耳は聞いてゐる」『百たびののち』

ああ最後に 私の耳は聞いてゐる 極北の海の けふも大きな怒りをもたらして轟くのを私には何も見えない 見えないけれども と彼は呟いた何ごとの囘想にふけつてゐるのか 五萬年も古い人間の歷史よ汝の貪慾に 汝はなほもあきないかかく彼は呟いて 乏しい日ざし…