三好達治bot(全文)

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2017-04-07から1日間の記事一覧

「汝の薪をはこべ」『艸千里』

春逝き夏去り今は秋 その秋のはやく半ばを過ぎたるかな耳かたむけよ耳かたむけよ近づくものの聲はあり 窓に帳帷とばりはとざすとも訪なふ客の聲はあり落葉の上を步みくる冬の跫音 薪まきをはこべああ汝汝の薪をはこべ 今は秋 その秋の一日ひとひ去りまた一日…

「廃園」『艸千里』

春夏過ぎて秋はきぬわがこころの園生に蟲啼けりあはれなる蟲は啼けり木にも草にも荒れ蕪れて また荒れ蕪れしあかつきの わがこころの園生におん墓ありその日より ここにとこしへにおん墓あり君知りたまふや愚かなるわがためには そは二つなき思出の奧津城な…

「紅花一輪」『艸千里』

なつかしき南の海……なつかしきは伊豆の國かな二日三日 わがのがれきてひとり愁ひを養へる宿のうしろのきりぎしのほのぐらき雜木まじりにひともとたてるやぶ椿いま木洩れ陽のかげうごくふとしも見ればここだくの花は古りたる もも枝のそのひと枝ゆこの朝あし…

「涙」『艸千里』

とある朝あした 一つの花の花心から昨夜ゆうべの雨がこぼれるほど 小さきもの小さきものよ お前の眼から お前の睫毛の間からこの朝あした お前の小さな悲しみから 父の手にこぼれて落ちる 今この父の手の上に しばしの間暖かいああこれは これは何か それは…

「煙子霞子」『霾』

壁には新らしい繪を揭げ甕には新らしい花を挿し窗には新らしい鳥籠を吊るしたこれでいい さあこれでいいではないか今日一日私はここにおちつかう今日一日?ここはお前の住居ではないか私の心よお前の棲り木を愛するがいいお前の小鳥と同じやうに そこでお前…

「蝉」『艸千里』

蟬といふ滑車がある。井戸の樞くるるの小さなやうなものである。和船の帆柱のてつぺんに、たとへばそれをとりつけて、それによつてするすると帆を捲き上げる時、きりきりと帆綱の軋るその軋音を、海上で船人たちは蟬の鳴聲と聞くのである。セミ、何といふ可…