三好達治bot(全文)

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「霜の声」『駱駝の瘤にまたがつて』

冬の寒い夜ふけにあつて
人はみなともし火を消して睡つてゐる
起伏の多い丘や谷間
環狀道󠄁路がガードをくぐる向ふの方
毀れかかつた街燈や變に歪んだ病院の窓
あるひは夜霧の中に瞬く航空燈臺
――そちらの方角もやはりまつ暗な港の方では
それでも何か機關の音が軋つてゐる
ああこの都會の致るところにキャベツ畠が凍りつき
煉瓦塀ばかりの屋敷跡に土藏の屋根が傾いて
そこらの堀割に毀れた橋がかかつてゐる
ねえお巡りさん この道をずんずんまつ直ぐ參りますと 私はどこへ行くでせう
さうさね あすこに低く光つて見えるのは ……あれは君 火星だよ
とんでもない どうして私がそんなに遠くへ行けませう
私は生れてこの方この地球の住人でこの燒跡の市民です
さうして僕は 泥棒どもを見張つてゐる君らの公僕
ありがたうお巡りさん 私どもはあすこの星へは參れません なつかしい隣人よ 月が出た
握手をしよう さやうなら
時はいま二十世紀のただ中を
のぼりつめた峠の空に半輪の月がかかつて
時刻はずれの鷄が鳴く 遠い向ふの地平線
すべての悔恨はこんぐらがつて後ろの方にうすれてゆく そこらあたりの道の上に
――だが冬だから春はま近だ
さくさくと踏めば碎ける霜の聲さへ……

 

 

三好達治「霜の聲」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「狼」『駱駝の瘤にまたがつて』

 ああこはかつた!
 少女は私の膝に飛び込んできて、兩手でおほつた顏を私の膝にうづめながら、
 ああこはかつた!
 とくりかへした。つめたいからだをこはばらせて、みなし子のやうな、瘦せた肩で息をしてゐる。私は父親のやうな氣持になつて、兩手を彼女の背中においた。
 ああこはかつたの、ほんとにこはかつたわ、いきなり狼に出會つたのよ、山で。
 山には狼がゐたのかい。
 金いろの眼の、まつ靑な毛並の、脚なんか宙にういて、火のやうな口からまつ赤な舌が燃えたつて、尻尾は…… 尻尾は風のやうだつたわ、ああこはかつた、いきなり叢からとび出してきたの、あの狼。
 ああ、ああ。
 と私はすなほな聽き手になつてうなづいた。
 私はひとりで山へいつたの、お友達なんかないものね、ひとりでどんどん山の奧へ入つていつたわ。さんぽにいつたの、歌をうたつて。
 ひとりで、歌をうたつて、そんな山奧へ……
 ええ、いつでもさうよ、そしたら、そしたらね、金いろの眼の、まつ靑な毛並の……
 狼が……
 いきなり叢から、私、氣がつくと、もう眼の前に、鼻の先に、きてゐたわ。
 焰の中に、燃えたつて、ね、靑い毛なみに火がついて、樂浪の、壁畫の中からぬけてきて、ね、あの繪のやうに、脚はもう、宙に浮いて、肩から大きな翼が生えて……、まつ赤な舌がまきあがつて……
 私はさうひとりで先をつづけながら、少女の顔をのぞきこんだ。少女はもう、私の膝から顏をあげて、いつの間にか、私の肩にもたれてゐた。
 ああこはかつた。ほんとにこはかつたの、私、後をも見ずにとんで歸つたわ、いちもくさん、いちもくさん、膝がもつれて、息がきれても、ほんとに後をも見ずにとんで來たわ、ああこはかつた、こはかつたわ……
 こはかつたね、あの狼……
 つて、おぢさん、あの狼、おぢさんも、ごぞんじ、山で、おあひになつて……
 いいや、おぢさんは、山ではあはない。
 私はなぜかうなだれてさう答へた。少女は全身で、その時、私の肩にもたれかかつてきた、いつも私の娘がするやうに。――どうやらこれは夢のやうだと、心の隅で、私はいくらか悟りはじめた。けれども私はかう答えた。
 おぢさんは、おぢさんはね、山でぢゃ、ないんだ、でもおぢさんは、その狼なら、見たことがある、東京の、街の、まんなかで、銀座通りの、電車路で。
 夢はそこでさめた。少女の言葉は、まだ私の耳にのこつてゐた。
……………

 

 

三好達治「狼」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「係蹄」『駱駝の瘤にまたがつて』

 あの砂山のかげから、靑い海と、鷗の群れを見たときに、人々から遠くはなれて、私がはじめてそこまで出かけていつた時に。
 その時私の心は、最初の病氣に苦しんでゐた。海は靑く、太陽は高かつた。遠く故鄕を出て、私がそこではじめて見たものは何であつたか。ああその風景は、今日もなほ私の眺望にかかつてゐる。
 進步とは何であらう。人生は水車のやうなものだ。永い輪𢌞は、一つのところで𢌞つてゐる。
 噫あの砂山のかげできいたさざめき、笑ひごゑ、沈默、またそのやさしい歌ごゑに影をかざして遠く砂丘を越えていつたパラソール。
 かうして人生は暮れてゆく。今日またおとろへた私の視力に、くもつた眼鏡の遠景に浮んで見える、その風景は夏の日のまつ晝ま、ツルゲニェーフや獨步を讀んだ日のあの砂山、靑い海と、鷗の群れ、ふつくらとしたちぎれ雲のかず、――さうして思出の遠い祕密の方角へ消えていつた歌ごゑ。
 すべてはあの日に何を意味してゐたのだらう。その意味は解きがたく、今日もまた私の心に浮んでくる。まことに人生には進步がない。それは水車のやうなものだ。ものうい輪𢌞は一つ所で𢌞つてゐる、𢌞つてゐる。
 私は今日、水車小舍のそばを通つた、ふとその路傍に佇んで耳を傾けた。さうして私は、なほこの係蹄の中で、もどかしく一つの未知の眞理を夢みながら歸つてきた。

 

 

三好達治「係蹄」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「沈黙」『駱駝の瘤にまたがつて』

 おだまり!
 とフランシス・ジャムは、ある夜ふけ、唇に指をおいて、自分に命じた。ああこの日頃、またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で、彼らはつひに何人の耳を掩はうとするのか。
 しかし、おだまり!
 とフランシス・ジャムは自分に命じた。
 けれども私には、私の耳には、今宵もあそこに、ミューズの竪琴の聲が聞える……。
 そこで私もフランシス・ジャムに學んで、ある夜ふけ、ひそかにかう自分に命じた。
 おだまり!
 この日頃またしても人々は、私の詩(うた)を否定する。彼らはそれを切りさいなむ。それらの勝手な組合せで、彼らは私を否定する。ああその批評で……、とそこまできて、私はそこで、私をさへぎる一つの壁にむきあつた。
 しかしおだまり!
 と私はやはり、それでもフランシス・ジャムに學んで、自分に命じた。
 けれどもおだまり! 私には、私の耳には、今宵もあの、ミューズの竪琴の聲は、聞えないから……。
 …………………
 おだまり! おだまり! ながく辛抱して……。

 

 

三好達治「沈默」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「桐花 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

  門を出て

門を出て數步の石に
靑薄ひともと生ひぬ
こぞありしひともと薄
常なきは人の世にこそ

 

  春たけて

春たけて去りし海どり
雪ふらばまた歸りこん
濱松に波のうねうね
虛しきか日は高しらす

 

  蜑女の焚く

蜑女あまの焚く煙ひとすぢ
彼方にもここにもたちて
隣家に桐の花咲く
この日ごろわが庭は茄子なす

 

  丘のべに

丘のべに桐の花咲け
未だ爐もふたがでありぬ
パイプ古り主も古りぬ
世にさかる心にあらね

 

 

三好達治「桐花 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「村酒雑詠」『駱駝の瘤にまたがつて』

  日もくれぬ

日も暮れぬ が盞を
みたせただ餘はそらごとぞ
己がうた をみづからうたへ
月やがて松にかからん

 

  盞は

盞はちひさけれども
ただたのむ夕べの友ぞ
おほかたはひとをたばかる
世にありてせんすべしらに

 

  爐に臥して

爐に臥して憂ひをいだく
肱枕さむきをのべて
ありなしとしたむ盞
鳥よりもくしきこゑしぬ

 

  月山の

月山の端をいでたれば
われもまたいほりをいでぬ
人の子のおろかを笑へ
かなたにも友はすまぬを

 

  いささかの

いささかの酒にまぎれて
あでどなく渡る橋かな
あかあかと灯はともれども
人けなき河尻の驛

 

  帽をうつ

帽をうつ霰の音や
望の月やがてかげなし
潮ざゐはかのはるかにて
ただ明し波止の燈臺

 

  死後の名は

死後の名はとにもあるべし
一盞の酒にもしかず
わが師かくのらしたまひぬ
われは師の言にしたがふ

 

 

三好達治「村酒雜詠」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)

「急霰 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』

  霰うつ

霰うつにもねむるや
山兎山鳩野雉のきじ
この宿の主じはひとり
やぶれたる夢をむすばず

 

  沖ゆ來て

沖ゆ來て松に聲あり
けたたまし軒を走りて
つかのまやはらら聲たゆ
たま霰ゆくへをしらず

 

  わが庭の

わが庭の石うつ霰
松こえて海にはせいる
日に三たび港に舟の
はててのち夜には七たび

 

  霰ふる

霰ふる庭に剪らせて
わななくをさしはさみたる
菊一枝 花二輪
みなし子のごとく相寄る

 

 

三好達治「急霰 四章」『駱駝の瘤にまたがつて』(S27.3刊)