三好達治bot(全文)

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「陽春三月の天」『捷報いたる』

陽春三月の天
うらうらとして微風わたる
柳絛綠りうでうみどり をひるがへし
輕塵けいじん あがり
土筆たけ
鶺鴒なく
古城のほとり櫻花まさに綻びんとして
枝頭にくれなゐ ほの見ゆる
並木のかげの古椅子に
陽照りかげり
人影はなほしげからず
われここに來て感懷もまたそぞろなるかな
かの陰鬱の日は遠く去り
かの惡しき曆日れきじつ は今悉く破り棄てられ
不倫の徒百たびかしこに戰ひて旣に百たび敗れたり
我ら百の白旗をかしこに樹てしめ
我ら百の城塞を攻め取り奪ひ落して
かしこに日章旗列日のもとに高く翩翩たるを見る
ああ我ら勝てり
懸軍幾千萬粁
ああ我らかく勝ちがたきに悉く捷てり
我ら勝てり 而して我ら
戰ひ勝つ者の そは我らの敵の四散し亡ぶる者にまさりて
如何に一層悲痛さるかを
そは如何に一層眞實に犧牲に耐へたるかを
ああげに耐へがたき一切の流血に切齒して耐へ忍びたるかを
一億の心ごころに識る――
陽春三月の天
うらうらとして微風わたり
櫻花まさに花ひらかんとして
暢和の氣四方に滿つ
古城のほとり
われここに來りて白雲の高く飛ぶを見る
感懷もげにそぞろなるかな――

 

 

三好達治「陽春三月の天」『捷報いたる』(S17.7刊)

「羈旅十歳」『羈旅十歳』

湖(うみ)の上へに朝ぎりたちて
いづこかに雉子(きぎす)しばなく

 

みづちかきしもとの丘は
うら枯れしままに霞めり

 

われ十歲旅をさまよひ
かかる日の春にまたあふ

 

そはたえて消息をだに
知りがたきをちかたびとの

 

おんかげを山川の辺へに
たづねつつ経へたる國々

 

うたかたのうたはなかなか
消もはてぬかかるうつつの

 

夢ならぬゆめのさかひは
漂泊(へうはく)のあひだにつきぬ

 

明けの鐘
暮れがたの鐘

 

野に山にあるは小島に
くさ枕まくらころもかたしき

 

もとよりもことわりならぬ
かりぶしのあいなだのめも

 

すがの根のながきとしつ
經てのちはおしなべて空(くう)

 

かくまでもふかきこころを
あはれよとさとりて老い

 

しかすがにいまは老いたり
いつまでか夢をたのめや

 

かくてまたわれ旅にいづ
このこころ秋ふかくして

 

ひもすがら澗泉(かんせん)のこゑ
たえやらず木葉(もくえう)とぶに

 

まのあたり春は霞みて
いづこかに雉子しばなく

 

 

三好達治「覊旅十歲」『覊旅十歲』(S17.6刊)

「落下傘部隊!」『捷報いたる』

落下傘部隊!
落下傘部隊!
見よこの日忽然として碧落へきらく 彼らの頭上に破れ
神州の精鋭隨處に彼らの陣頭に下る
落下傘部隊!
落下傘部隊!
こはこれ大東亞聖理想圈の尖兵
十百千萬爆彈と銃劒と旺んなる喊聲とをもて
見よ今白雲の間に雨ふり下るは
こはこれ大東亞の民艸十有餘億の頭上遙かに
雲表塵外の光明をもたらし來る者
おぞくもここになみ されつくしし自由と希望と
明日の日の平和とをもたらし來る聖天使
げにそは一の象徴天空よりして到るなり
落下傘部隊!
落下傘部隊!
うべこそ九天の外より到れ 神州の精銳
我ら天孫民族のすえ の男の子ら
我ら天外の理想を負い
我ら亞細亞の支柱をささへ
東海に國を樹つ二千六百載
この役國運を一擧に賭す
まことに羶羯せんけつ 不倫の徒をつひにこの境に忍びざるなり
彼ら百歲つひにここに爲すところ
彼らここに搾取し劫掠し擅斷し蹂躪するところ
彼らここに城塞を築き巨砲を藏し艨艟を浮かべつらねて
あまつさへ遙かに神州を窺ひ脅かさんと企つるところ
咄我らなほこれらをしも何をもて忍び耐えんや
我ら天孫民族の裔の男の子ら
天空より直下して彼らを擊つ
落下傘部隊!
落下傘部隊!
見よこの日忽然として碧落彼らの頭上に破れ
神州の精鋭隨處に彼らの陣頭に下る

 

 

三好達治「落下傘部隊!」『捷報いたる』(S17.7刊)

「ジョンブル家老差配ウインストン・チャーチル氏への私言」『捷報いたる』

このたびはシンガポール失陷
さぞかし御落膽御痛心のことと
お氣の毒に存候
先日のレパルスウェルズ二艦も
存外の沈歿にて
また香港などもあのやうなる御始末
これらを時世ときよ とも申すものにや
日頃の御細心にも似合はぬ算盤ちがひ
わづかのひまにうちつづく御不祥
まことに御挨拶にも窮し候次第
とりあへず手旗行列などにて
心ばかりの弔意を表し申候
さるにても
かくては追々世間の風も吹きかはり
肩身もせまく
何かと御窮屈御不自由のことのみ日に加はりて
とりわけ御老體には行先お心細きことのみ繫からんかと
お案じ申上げ候
さりとて後悔先にも立ちかね
御一味のデモクラシーまた何ほどの用にも立たず
重ね重ね御焦慮のほどつぶさにお察し申候
さはさりながら
つらつらことのもとすゑを考へ合わせ候に
今日次第にお取失ひなされしところも
これはこれもと御當家の御持物とは申しがたききはのもの
隨分と御無理をなされし上の御領分にて
唯今御當家の大砲旗差物の類を
そこらあたりよりお取拂ひなされしとて
そはただもとありしものをもとありし如くなされしまでにて
さばかりのこと世の常識といふものにては
さして御心痛なさるべき筋合とも存じよりがたく存ぜられ候
なほまたビルマ印度方面も追々と雲行あやしく
又々御當家御別墅妾宅事務所などお引越の段取
人足の出入などなかなかのお手數ながら
これまた人ごとならねば人賴めにもなりがたかるべく
御老人方御活動は氣保養の一助と位に思ひとられて
御一統せいぜい一と汗お流しなされ
諸事お仕置お立退き寸時も早きが賢明かと存ぜられ候
さるにても
お國許ロンドンおもての御本館のみは
父祖御心血のお屋形なれば
さしも易々とお空け渡しはあるまじく
一つ老後の想出に
御手練のほどもお見せ下され
大厦の覆へらんとする能く一木のどれ位持ちこたへうるものやら
とくと見物の機を賜はれかしとお願申置候
加奈陀とやらは人情も敦樸
野菜も新鮮
御地などより空氣もよろしかるべく候とも
御引越な急ぎ給ひそ
シンガポール失陷お見舞旁々
ついつい蕪辭をつらね候
最後に近詠一首いつもの拙きをお眼もじまで

 

化け銀杏伐りたふされてくだ かるる
大鋸おはが の音の日もすがらのどか

 

 

三好達治「ジョンブル家老差配ウインストン・チャーチル氏への私言」『捷報いたる』(S17.7刊)

「新嘉坡落つ」『捷報いたる』

一たびかしこに仆れしユニオン・ジャック
二たびここに仆れたり
一たびかしこに揚げられし白旗
二たびここに揚げらる
香港落ち
新嘉坡落つ
神州の貔貅神速
老醜賊を追い擊ちて 北より南し
千里の密林を一掃して 堅壘日に落つ
ああ而して昨の奸黠どもが相稱へて
萬世不落と空賴みたる金城湯池
また忽ちに摧け落つ
見よそはわれらが明日の日の聖理想圈
――大東亞共榮圈の關頭
醜賊ここにつき
艨艟かしこに沈みうせ
殘兵わづかに白旗のもとに額づき蹲まれり
旣にして硝煙の薄るる間に 日章旗翩翩としてここに飜り
ああげに狡獪老英帝國の政令 その陰謀と劫掠と
つひにかくしてわれらの圈外に
ながくこのしきみ の外に逐ひ出され了りたるなり
笑ふべし 手拍つべし たたら踏むべし
而して東亞十億の民 永くこの日を末の世かけて語りつぎ忘れざるべし
われら今かの賤商 かの漂海の老賊の
彼らが二百歲東漸の海路の上に
さかしまに彼らを追い擊ちて
この日西海にむかつて
彼らを追ひたらひ放ち了りたるなり!

 

 

三好達治「新嘉坡落つ」『捷報いたる』(S17.7刊)

「昨夜香港落つ」『捷報いたる』

昨夜香港落つ
主基督降誕祭日黃昏
かしこビクトリア・ピーク山寨上に
翩翩と彼らの白旗はひるがへれり!
もと彼らの漂海の賤賈
東亞一百歲の蠹賊
魔󠄁藥阿片の押賣行商どもが
あまつさへ强請ゆすり取りかたり取りたる香港――
かしこ香港島上に
東海の猛鷲飛びかひ
巨彈雨ふり
重砲炸裂し
萬物淨化の猛火炎連日かの病竈びようそうきはらひて
今その奸惡と譎詐と驕慢との一世紀の理不盡の後に
ああかの圖々しき流賊どもの隱れ家は
ああかの死太く厚顏ましき陰謀搾取の足溜りは
見よかしこに彼らの白旗を
つひに彼らの悲鳴を
永く彼らの忘れはてたる貧しき一片の良心を揭げ示せるなり
主基督降誕祭日黃昏
かしこビクトリア・ピーク山寨上に
げにそは彼らの罪惡の一切合財の根城のうへ 竿頭高く
翩翩と彼らの白旗は飜れり!
ああかくて東亞の天地より
その最大の悖德は その最大の屈辱はつひに拂拭せられたるなり

 

――而して汝頑愚なる者
如何に 汝頑愚なる者蔣 この日汝もまた
汝のむさ苦しく住み古したる防空壕より匐ひ出でて
旣に今日の日の歷史の遠き片田舎にとり殘されたる
汝のなつかしき重慶の空にむかつて 愚かしき汝の雙手高くささげ
かくしてこの日恢復されたる 汝の祖國の名譽の前に
如何に 如何に 三たび汝の萬歲を唱へ叫ぶべし!

 

 

三好達治「昨夜香港落つ」『捷報いたる』(S17.7刊)

「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」『捷報いたる』

ああその恫喝
ああその示威
ああその經濟封鎖
ああそのABCD線
笑ふべし 脂肪過多デモクラシー大統領が
飴よりもなお甘かりけん 昨夜さくや の魂膽のことごとくは
アメリカ太平洋艦隊は全滅せり!
荒天萬里の外
激浪天を拍つの間に馳驅すべかりし
ああその凡庸提督キンメル麾下の艨艟は
一夜の熟睡の後
かしこ波しづかな眞珠灣内ふかく
舳艫相銜みて沈沒せり
げにや一朝有事の日
彼らの榮光のさなかにあつて
ああその百の巨砲は
つひに彼らの黄金の沈默をまもりつつ海底に沈み橫たはれるなり
日東眞男兒帝國 一たび雷霆のいくさ を放つや
彼らの濳水艦はとこしへに濳水し
彼らの航空母艦は鞠躬如として遁走せり
而してその空軍の百千の燕雀もまた
空しく地上に 格納庫中に炎上せり
笑ふべし 脂肪過多デモクラシー大統領が
飴よりもなお甘かりけん 昨夜の魂膽のことごとくは
アメリカ太平洋艦隊は全滅せり!
然り 無用の兵を耀かすもの 必ず滅ぶ
速かに彼らはその價をもて一の金言をあがなひて
而して 咄 われらの海洋の外に立去るべし!

 

 

三好達治「アメリカ太平洋艦隊は全滅せり」『捷報いたる』(S17.7刊)